voice of mind - by ルイランノキ


 胡蝶之夢21…『おとな』

 
クロスケたちはシフトの足に絡みついて皮膚を食い破った。アールがすぐに飛び上がり、絶望した眼差しで自分を見上げるシフトの首に両手で逆手に握った剣を突き刺した。剣先は綺麗に首の中央を貫いた。アールの足は後ろへと反り返ったシフトの胸に着地し、握った剣の柄を半回転させて首をえぐるとそのまま右方向へ引き抜いた。
首の皮一枚で繋がった首はその重さでぐにゃりと背中にへし曲がる。アールはシフトの体を蹴ってバク転しながら地面に下り立った。
クロスケたちは楽しそうにアールに拍手をして、絶命したシフトの体を影の中へと沈めた。
 
「……弱い」
 と、アールはつぶやく。
「アールさんたちが強いんですよ」
 と、結界を出たコテツが歩み寄った。
「強い? 私」
「お強いですよ。ご自覚がないのですか? 悪魔まで従えているのに」
 と、驚く。
「……やってることは単純だからかな。剣を振って、時々魔法攻撃を放って、小さな悪魔たちに手助けしてもらってるだけ。難しいことはなにもしてない」
「ボクサーのパンチ力って凄いらしいですね、食らったことはありませんが。僕が本気でパンチをしても大した威力にはなりませんが」
「……プロだからね」
「アールさんもそういった意味ではプロですよ」
 と、笑う。「自覚が無いのは怖い」
「…………」
 
アールはコテツから、世界を壊すのではなく壊してしまうのではないか、と言われたことを思い出した。
 
「私は強い……。加減を知らないと怖いよね」
 と、視線を落とす。
「……そうです。ボクサーが酔っ払いに絡まれて病院送りにしてしまったニュースを見たことがあります。我を失うことのないように、気を付けてください。あなたの弱さは今も健在でしょうから」
「私、弱い?」
 と、悲しげにコテツを見遣る。強いんだか弱いんだか……。
「あなたの力は強い。でも心は弱い。人はそう簡単には変われないんです。だから人は同じ過ちを繰り返す。そのたびに少しずつ成長していくんです。あなたはこの世界にやってきたばかりの頃よりは成長しました。でもまだ、成長段階です。というより、人の成長が止まるときは自分に満足したときと、成長を諦めた時と、死ぬ時だと僕は思います」
「…………」
「あなたのその弱点は、仲間たちが補ってくれている。彼らがいるからあなたは立って前へ進めている」
「……うん。私ひとりじゃ、ここに立ってない」
「その仲間はずっと一緒にいられるでしょうか」
「……?」
「あなたがおばあさんになったとき、となりに彼らはいるでしょうか」
「……あはは、そんな先までは……いないよ」
 
人生のパートナーであれば、その時まで隣に居続けることはあるかもしれないけれど、大抵は人生の旅の途中で出会った仲間とはいずれ離れ離れになるものだ。そうして人間関係は移り変わりしていくものだ。
 
「ひとりで歩く強さも、手に入れなければいけません」
「……コテツくんのように?」
 コテツは少し驚いて、困ったように笑った。
「そうですね、歩き出したところです」
 
う”ぅぅぅ〜…と、うめき声がした。アンデッドが現れたのだ。
 
「アールさんは塔へ向かってください。ここに残されたゼフィル兵たちは僕に任せて。もしかしたらまだ息がある者もいるかもしれませんので」
「一人で大丈夫……?」
「身を守る道具は沢山持っていますから」
 と、コテツは倒れているゼフィル兵に走り寄って声を掛けた。反応がない。脈もないことを確認すると、その隣にいたゼフィル兵に声を掛けた。
「……コテツくんはどうして、精神安定剤をくれたの?」
 アールの問いに、黙って振り返る。
「…………」
「変な薬を……なんなら毒を飲ませることもできたのに」
 組織の人間だったなら。
「……殺しの指示は受けていませんでしたから」
 と、笑う。
 
うつ伏せに倒れているゼフィル兵の肩をとんとんと叩き、「意識はありますか?」と問いかけた。反応はない。
 
「ありがとう」
 と、アール。
「…………」
 コテツは黙ったまま首を左右に振った。別のゼフィル兵に近づいたが、彼は首が変な方向にへし曲がっていたため、声を掛けなくても死んでいるのは確かだった。
「コテツくんは将来、どんな大人になりたい?」
「え……?」
 アールを見遣り、視線を落とす。──どんな大人になりたいか。将来の夢とは違う。自分が理想とする大人とはどんなものか、すぐには答えられなかった。
「今度教えてね。──じゃあね」
 
アールはコテツに背を向けて走り出した。耳に装着しているトランシーバーから報告をする。
 
『──こちらアールです。第一部隊のシフトを討伐。ゼフィル兵は全滅です。一人で塔へ向かいます。あと……コテツくんが助けてくれました。彼は味方です』
 
「全滅」という言葉の冷たさを、「味方」という言葉の温もりが調和する。
 
『了解』と、単調な複数の声が返って来る。感情が乗らないほど短い言葉だ。
『──アール、その先でゼフィル兵を10人送る。合流するように』
 と、ゼンダの指示が入った。
「わかりました」
 
そういえば、シドの元にゼフィル兵を送ったのだろうか、そんな通信は入ってこなかった気がするけれど……、とふいに思う。
 
「あ、デリックさんが来てくれたんだっけ……」
 
そうだ。確かデリックがシドの代わりに報告してくれていた。シドは無事だろうか。回復薬も効かないほどに負傷していたところを見ると、一度城に戻されて治療に専念している可能性がある。シドの代わりにデリックが来るかもしれない。シドは不本意だろうけれど。
もしくは、彼らは犬猿の仲だ。罵倒し合いながらやってくるかもしれない。罵倒するほどの元気が残っていればいいけれど……と願う。
 
アールは前方で待ち伏せしていたアンデッドに気づいて足を止めた。顔をしかめ、剣を構える。──いい加減、アンデッド系にも慣れないと。
 
ゾンビを一体倒すと、ぞくぞくと地面から這い上がって来た。まさに地獄絵図だ。中には手だけの魔物もいる。足だけの魔物がいないことに疑問を抱くが、足になにができるだろうかとも思う。
 
アールは周囲の魔物を倒しながら、正直なところ、城の状況も気になっていた。知ったところで余計な心配が増えるだけでなにもできないけれど。仲間たちの状況だって知りたい。きっとみんなもそうだ。自分の仕事をこなしながら仲間の無事を願ってる。仲間の無事を一刻も早く知りたい思いも相まって、塔へ向かう足を速める。
 
「わっ!」
 と、アールは足を掴まれて前に倒れ込んだ。剣先でゾンビの手を斬り裂く。
 
立ち上がるとゾンビやリッチに囲まれていた。ゾッとする。一体一体は大した魔物じゃなくてもぞろぞろと現れると圧倒されるし鬱陶しい。
体術と剣で薙ぎ払うと、道の先からゼフィル兵が駆けてくるのが見えた。
 
──また人が死ぬのか……。
真っ先に口には出せないそんな思いが心に浮かぶ。ゼフィル兵と目が合うたびに、彼も、彼も、死んでいくのかと。
そんなことは望んでいない。彼らが簡単にやられてしまうとも思ってない。けれど現状、バタバタと倒れて行った。何人いても、何人増えても、一人、また一人とその命が奪われていく。
彼らの勇み立つ勇敢な眼差しから目を逸らしたくなった。その目から光が無くなるのを、私はまた目にするたびに他へと意識を向ける。他へ意識を向けている間に亡くなったゼフィル兵の生気溢れる目を忘れ、顔を忘れ、「ゼフィル兵の何人かが死んだ」と思うだけ。
 
「周囲の魔物は我々にお任せください! アールさんは塔へ向かうことを最優先されてください!」
 と、ゼフィル兵の一人が魔物を攻撃魔法で薙ぎ払った。
「ありがとう」
 駆け付けてくれたゼフィル兵の中にはすでに怪我を負っている者がいた。城での騒ぎからこちらに移動させられたのかもしれない。
 
──中古品。と、残酷な表現が浮かんですぐに消し去った。
人はどこまで残酷になれるのだろう。アールはゼフィル兵を気にかけながら塔へ向かった。
 
そういえば遅れて後から同じ道をついて来ているはずのカイチームがなかなか追いついて来ない。余計な通信はしないようにと釘を刺したものの、泣き言ひとつ聞こえてこないのは不安だった。
 
会いたいな。早くみんなに会いたい。
 
突然、背後で猫の鳴き声がして振り返る。──気のせいだった。こんなところに猫がいるわけがない。記憶に新しいアダンダラの鳴き声が空耳で聞こえたのかもしれない。もしくは、長い間、思い出の奥に仕舞っていたチイの鳴き声が呼び起こされたのかもしれない。
なぜだかわからないけれど、サヨウナラ、と、そう言っているような気がした。
 

第五十四章 胡蝶之夢 (完)

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