voice of mind - by ルイランノキ


 胡蝶之夢9…『使命感』 ◆

 
老人と戦うのは気が引けた。幼い頃から女性と子供と老人には特に優しくするようにと教わってきたルイ。攻撃的な老人と出会うことなどそうそうないため、例外を前に少々戸惑う。
一先ずセルが呼び出したモルモートを相手に一戦を交わす。モルモートとは旅の道中で何度も遭遇して戦ってきたが、人に調教されたモルモートと戦うのは初めてだ。相棒と呼ぶだけあって、実戦にも慣れているようで野性的に突進してくる様子はなく、こちらの動きを見ながら攻撃を仕掛けてくる。
 
そうはいっても、モルモート対、竜とでは力の差は段違いだ。デスペルタルはモルモートを弄んだ後、口から吐いた火で一瞬にして燃え消した。
可愛がってきたであろうモルモートのリリが燃え尽きたのを少し残念そうに見ていたセルは、もう一度杖を掲げて地面に振り下ろした。次に現れたのは体長6mほどあるトウテツという魔物だった。羊のような体に醜い鬼のような顔をしており、丸く曲がった大きな角が特徴だ。
 
「トウテツは初見ですが、僕のデスペルタルには敵いませんよ」
 と、ルイ。「他に何体、飼われているのですか?」
「倒してからのお楽しみじゃ」
 セルは楽しそうに笑った。そしてこう言い足した。
「リリは最後に引き取ったが、残りはわしが若い頃から面倒を見ている。甘く見ていると痛い目に遭うぞ」
 
セル・ダグラス。ムスタージュ組織第二部隊の隊長だ。年齢だけで隊長の座を務めているとは思えない。
デスペルタルは思いのままトウテツとの対戦を楽しんでいる。ルイからの指示は無いが、配下となった以上、指示があればすぐに従うつもりだ。
 
「互いの連れが戦っている間にわしに攻撃を仕掛けるつもりはないのかね」
 と、セルが言った。
「あなたから攻撃を受ければ対応するつもりです」
 ルイはロッドを構えて見せた。
「どうやらわしらは対戦が向いていないようじゃな」
 セルは困ったように笑った。自分も、自ら攻撃をしかけるタイプではないということだろう。
「きっとお強いのでしょう?」
「若い頃は右に出るもんはおらんかったが、年老いていくごとに若者に越されて行った。気が付けば第一部隊から降格じゃ」
「そうでしたか……」
「それでもまだ現役。もう一度、花を咲かせたい」
 
ズズッ…と地面を揺るがす振動と共にトウテツが地面に頭を伏せた。まだ息があったトウテツにとどめの追い打ちを掛けようとしていたデスペルタルから守るようにセルが杖を翳してトウテツを引き下がらせた。自由自在に魔物を召喚して敵と戦わせ、戦闘不能になったら引き下げる姿をアールが見ていたら、ポケモンを思い浮かべていたことだろう。
 
「残念ながら、その花は、死に花かもしれません」
 ルイは少しだけ胸が塞がる思いでそう言った。
「それもまた良き」
 多くは望まない、と、杖を頭上に上げて振り下ろした。
 
ルイは一瞬、それが複数の龍に見えた。しかし大きな体は一つ。頭が8つあるヤマタノオロチだ。体長12メートル上から8つの顔が一斉に見下ろしてくる。その威圧感と鋭い目に背筋が凍った。
 
「ヤマタノオロチ……存在したのですね」
 伝説の幻獣として名高い。
「ニョロリじゃ」
「……それはお名前ですか?」
 と、拍子抜けする。ニワトリにピヨと名付けたようなものだ。
「飼い始めたときはもっと小さかった」
「そうでしょうね……。名前は8つではないんですね」
 と、どうでもいいことを訊く。
「左からニョロニョロ、ニョッキ、チロチロ、ペロペロ、ヘビー、ロクロ、ナナ、クビナガじゃ」
 いかに雑に名付けたかがよくわかる。特に最後のクビナガと名付けられた頭には同情する。全員首長なのに。
「先ほどのトウテツさんにも名前があったのでしょうか」
「テツ。」
 
あまりにも雑すぎる。アールとネーミングセンスで戦えばいい勝負になるだろうと思った。
ルイはデスペルタルに目を遣った。ご馳走を前におあずけを食らっているような目でヤマタノオロチを見上げている。体格の大きさでは圧倒的に負けており、自分はヤマタノオロチの迫力に圧倒されてしまったが、彼にその心配はなさそうだ。
 
「時間を取られるわけにはいきません。僕も、戦闘に参加します。あなたも、攻撃対象として」
 ルイは大きく深呼吸をした。
「ならばわしも思う存分命を燃やせる」
 セルは嬉しそうに背伸びをして、杖を構えた。
 
ルイは異空間で戦えるのは都合がいいなと思った。誰も巻き込まなくて済む。そして思う存分に暴れられる。でもそれは相手にとっても同じだ。
ここで死ぬかもしれないという恐怖は正直あった。自信のなさから来るものではなく、境地に立たされたときに生き物の本能として死の恐怖を感じずにはいられないのだ。そして、自分の役目はいつどこで終わるのだろうと、そんなことを思う。ムスタージュ組織と同じように、この戦いで燃え尽きてしまうのではないかと。
もちろん、ここで死ぬ気はないけれど。
 
ルイに向けられたセルの攻撃をデスペルタルが何度も肉壁となって防いでみせ、同時にヤマタノオロチに攻撃を仕掛けた。
静かな空間に攻撃魔法の囂然たる音が響き渡る。ルイは初めこそ老人を相手に躊躇していたが自分の命の危機を感じるごとに手加減を忘れて全身全霊で立ち向かった。
 
ドシンと鈍い音を立ててヤマタノオロチの胴体から引きちぎられた首が一体、地面へと落下した。セルは年寄りを感じさせない戦闘力を持っていたが、その場から動かずにルイとの距離を保ったまま攻撃と回復を繰り返している。
ルイはデスペルタルを回復してから一か八かセルとの距離を詰めた。近距離から攻撃をしかける。セルの足元がふらついた。体力は、年齢相応。いや、同年代の中では遥かに動ける方ではあるが、10代のルイには敵わない。
 
戦いに、死は付き物だ。
セルの命を奪うために強く握ったロッド。そこに「殺意」は無い。あるのは使命感だけ。振るったロッドがセルの顔面を強打し、鼻をへし折った。その鈍い音と共に、セルの鼻から血が流れ落ちる。
 
──息が熱い。
鼻から血を流しながら呻いたセルを結界で囲み、火属性の攻撃を浴びせてセルの体を焼く。よろめいたセルが自分を回復しようとしてた手をロッドで弾く。ロッドの先で喉を突き、立て続けに雷属性の魔法を浴びせた。
 
そこにあるのは使命感だけ。殺意はない。
 
セルは地面に膝をついた。ルイは容赦なくロッドをセルに向ける。
そこにあるのは、使命感だけ。
 

 
使命感だけだ。
 

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