voice of mind - by ルイランノキ


 胡蝶之夢5…『もうひとつの仲間』

 
移動中に回復を行い、周囲のアンデッドを倒しながら道を進んだ。ヴァイスは先頭を行きながら、ちらりと後ろを振り返ってゼフィル兵を見遣った。──人数が減っている。自分がトリスターノとの戦闘に夢中になっている間に命を落とした兵がいたようだ。
 
暫く走り進めた道の先に人影があった。中央で佇んでいる様子から、待ち構えていたのがわかる。
ヴァイスはガンベルトから銃を抜いて、その男と向き合った。銃が熱を帯びている。酷使したせいだろう。後をついて来たゼフィル兵たちも仲間との距離を取って戦闘態勢に入った。
 
「ユージーンか?」
 と、ヴァイスが問う。
「ご名答。お会いできて嬉しいわ、ヴァイス・シーグフリート」
 そう言ってポキポキと指の骨を鳴らした。性別は男だが、しゃべり方は女のようでまったりとしている。
「…………」
「わたくしはキレイ好きなの。ゴミが大嫌いでね。放置されたゴミを片付けたくて片付けたくてうずうずしていたの。そのゴミの方からこうしてわたくしの前に現れてくれるなど、一体誰が想像したでしょうか」
 と、右足に体重をかけて低い構え姿勢を取った。
 
ヴァイスは大きく息を吸ってゆっくりと吐き出した。1秒でも早く決着をつけて一人でも多くの兵士を守れるといいのだが。
 
「あ、そうそう。わたくしの弟を二人可愛がってくれてどうもありがとう」
「皮肉か」
「いいえ? 嫌いだったから清々したわ」
 にやりと笑うと犬歯が目立った。そして、構えた手の爪が鋭く伸びる。「お兄ちゃんなんだからとなんでも我慢させられてなんでも弟が奪っていった」
 
ヴァイスは勢いをつけてユージーンに奇襲をかけた。
 
「でもあなただけは奪われなかったみたいね」
 と、ユージーンはゾクゾクと身を震わせ、ヴァイスを迎え撃った。鋭い爪がヴァイスの肩を引っ掻いた。
「燃やし忘れたゴミ。そして一度弟が遊んだお下がり。──さっさと処分してしまいたいけれど、この星にとってあなたは希少価値があるって言うじゃないの。仕方ないからもう少しだけ遊んであげるわ」
 
ヴァイスのことを自分に与えられた最高のおもちゃだと喜ぶユージーン。トリスターノより動きが速く、さすがのヴァイスもせいぜい目で追うことしか出来ない。
魔法兵がヴァイスとユージーンを大きな結界で囲んだ。ユージーンの行動範囲を狭める作戦だったが、ユージーンは鋭い爪で結界の壁を引き裂いて外へ飛び出した。
 
「結界がすぐに壊される……」
 と、ゼフィル兵が嫌な汗を滲ませる。
「アハハ! 残念ねぇ〜! わたくしの動きを止めようだなんて浅はかな考えなのよ」
 と、風を切りながら動き回る。
 
ヴァイスの銃口が照準を失う。そうこうしている間に手出しが出来ずに戸惑っているゼフィル兵が次々に刃物で斬られたように血しぶきを飛ばした。
まるでかまいたちのようだと思いながらヴァイスは引き金を引いたが、銃弾はユージーンを捕らえることなく虚しく空を切るだけだった。
 
「不要なおもちゃは切り刻んでゴミにしちゃう」
 と、不敵に笑うユージーン。
 
一人、二人と、鉤爪によって防護服を貫いて体を斬り刻まれていく。
ヴァイスはゼフィル兵を置いて自分だけ塔へ向かうことを考えたが、躊躇した。ユージーンが大人しく自分を追って来てくれれば一対一で戦えるが、ゼフィル兵を全滅させることを優先されては意味がない。かといってこのまま手出しが出来ず全滅を目の当たりにするのも時間の問題だ。
無謀にもゼフィル兵が放った攻撃魔法が標的を捕らえずに所かまわず発動され、魔力がどんどん削られていった。なにもせずにダメージを食らい続けるよりはと手当たり次第に攻撃をしてどれかひとつでも当たればいいという死に物狂いの策だった。
 
ヴァイスはライズに体を変えて微かに目で捉えるユージーンの影を追った。ライズの姿のほうが野性的な勘で敵を捉えやすかった。それでもこちらからの攻撃はなに一つ当たらない。体力が削れていく。周囲ではゼフィル兵の悲鳴が止まない。
 
──どうしたらいい? 私になにが出来る? なにか策はないか? 一瞬でも動きを止められれば一気に攻撃を仕掛けて形勢逆転を狙えるのだが……。
 
このままでは全員やられてしまう。
そう思ったとき、背後から別の気配を感じてユージーンを追っていた足を止めた。周囲に集まっていた魔物かと思ったが、人であることはすぐにわかった。そのヴァイスと同じ背丈の男はヴァイスに目もくれずに飛び回っていたユージーンを追い、そのスピードは瞬く間にユージーンに追いついて襟首を掴んでそのまま地面へと叩き落した。
 
「グエッ!」
 と、地面に顔を打ち付けたユージーンが声を漏らし、自分の体の上でしゃがんでいる男を見上げた。「なによあんた……何者?」
 
男はユージーンの体から足を下ろすと同時に雷属性の魔法を浴びせ、ヴァイスに目を向けた。ヴァイスは自分と同じ紅い目をしている男の顔に、見覚えがあった。
 
「……レビ兄さん?」
「よくわかったな。元気そうでよかった」
 
ヴァイスの11歳年上のハイマトス族、レビ。幼い頃、兄のように慕っていた。赤い目を隠す方法を教えてくれた。人間に追われていたときに助けてくれた。見た目はあの頃よりも少しだけ大人びている。ハイマトス族がなかなか年を取らないという特性を改めて思い知る。
 
「なぜ……」
「お前たちの勇姿は世界中に流れている。多くの人が見守っている中に知り合いがいても何ら不思議じゃないだろう」
「そうか……」
 自分を見て、助けに来てくれたのだ。「感謝する」
「堅苦しい言い方だな」
 と、笑う。「ありがとう、だろ? 可愛げがなくなったな」
「……ありがとう」
 ヴァイスはそう言い直してレビの隣に立ち、むくりと起き上がったユージーンを見遣った。
「仲間と合流してシュバルツを倒しに行くんだろ? 俺は攻撃力に自信はないがスピードには自信がある。散々逃げ回って生きてきたからな。捕らえるのは任せろ。さっさと倒すぞ」
「あぁ」
 
ヴァイスは心が勇み立つのを感じた。レビが率先してユージーンに向かっていく。その背中を追いかけた。幼少期を思い出す。追いかけっこで一度もレビに勝ったことがなかったし、レビを捕まえたこともなかったな、と。
 

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©Kamikawa
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