voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和23…『空を仰ぐ』

 
銃声が3発鳴り響いた。銃弾を交わしながら瞬時に木々の上や崖の上に飛び回る影は、一人のゼフィル兵を標的に捉えると、目では追いつけない速さで首に噛みついた。ゼフィル兵の首を防護服と共に噛みちぎり、服の切れ端を口から抜き取って首の皮膚だけをくちゃくちゃと噛み潰して飲み込むと、銃口を向けているヴァイスに同じ紅い目を向けた。犬歯が不自然に鋭く尖っている。
 
「人間の食い物が身についちまって、人間食ってもウマいと思わんなぁ。女だったらウマいのかなぁ、若いほどウマいのかなぁ」
「……お前もハイマトス族か」
「私の弟だ。ミゲルと呼んでやってくれ」
 と、音もなく背後に現れたのは以前テンプルムに入った、ハルペーという武器を二本使いこなすハイマトス族、トリスターノだ。
「…………」
 ヴァイスは目を細めた。以前テンプルムにて一戦を交えたとき、深手を負わされたのを思い出す。スピードは圧倒的にトリスターノの方が上だった。
 
周囲のゼフィル兵はトリスターノとミゲルに警戒しながらいつでも戦闘に入れるように静かに武器を構え、じりじりと仲間との距離を取った。
 
「兄ちゃん、こいつが噂のヴァイス?」
 と、血で汚れた口を袖で拭う。首を噛み切られたゼフィル兵はその足元で死に絶えている。
「あぁ。同士だが、殺していい」
「殺していい奴! 殺していい奴!」
 と、嬉しそうに飛び跳ねる。
「弟はちょっと知能が遅れていてね」
 トリスターノはそう言って、腰にかけていたハルペーを二本、鞘から抜いた。「お手柔らかに頼むよ」
「……手を抜く気はない」
 ヴァイスは銃をガンベルトにしまって地面を蹴ると、4本足のハイマトスに変身してトリスターノにくらい掛かった。
 
ミゲルが興奮したように雄たけびを上げ、ヴァイスを追いかけたがその前に立ち塞がったのがゼフィル兵だ。
 
「お前の相手はこっちだ」
 と、両手にパタやジャマダハルといった刀剣を身に付けたゼフィル兵が体全体を使って舞うように攻撃を仕掛けた。
「俺はあいつと戦いてんだ! 邪魔すんな!」
 ミゲルは獣のように唸り、攻撃を交わしながらあしらう。
「だったら我々の相手を終えてからだ」
 魔法兵の一人がミゲルを結界で囲み、雷属性の攻撃魔法を浴びせた。
 
ミゲルはダメージを受けたが物ともせずに結界を突き破ってゼフィル兵に襲い掛かる。刀剣を構えたゼフィル兵が攻撃を受け止め、魔法兵が風の魔法でミゲルを吹き飛ばした。
 
「あーもう怒ったぞ! お前ら全員ぶっ殺してやる!!」
 
ミゲルは背中に差していたフレイルを構えた。長い棒の先に鎖で接合して棘がついている鉄の玉がぶら下がっている。ミゲルはフレイルを使った土属性の攻撃魔法とハイマトス族特有の素早さ、そして獣のような犬歯を駆使してゼフィル兵19名を相手に暴れ狂う。
 
場所を移動したヴァイスとトリスターノは、一対一の勝負を望んだ。銃をしまいライズの姿で戦うヴァイスにトリスターノは構わずハルペーを振り回したが、ライズは瞬時に身を交わしてトリスターノの足首に噛みついた。即座にハルペーを振り下ろしたがヴァイスは避けるように一旦その場を離れ、再び地面を蹴って飛び掛かると目の前に迫っていた刃に噛みついて後ろ足でもう片方のハルペーを振り払い、トリスターノが再び武器を構えたときには人の姿に戻って銃口をトリスターノの額に向けて引き金を引いたが、トリスターノは結界で身を守り難を逃れた。
 
結界を外す一瞬でヴァイスは再びライズの姿に変えてトリスターノの周囲を駆け回り、相手の攻撃を待ち構えた。
 
「うろちょろと……」と、トリスターノはハルペーの刃をこすり合わせ、上空に掲げながら雷属性の攻撃魔法を放った。ダメージを受ける直前にヴァイスの姿に戻り、属性耐性がついているコートで身を守るとすぐに銃を2発放ち、逃げる先を読んでトリスターノの右手にライズとして噛みつくと、怯んだ隙に再びヴァイスの姿に戻り魔銃の銃口を腹部に押し付け散弾銃を放った。
目の前で自由自在に人からハイマトスへと変身するその過程を見たトリスターノはぞくりと背筋に冷たいものが走るのを感じた。 
 
ヴァイスはトリスターノから離れ、トリガーガードに通した指の上で銃を回すと銃は黒い煙を纏い形を変えた。それはどことなくハイマトスを思わせ、生き物のように見えた。
 
トリスターノは首を傾げて骨を鳴らすと、ハルペーを一振りしてヴァイスの腕を斬り落としにかかった。刃が空を斬る音と銃声が鳴り響く。時折両者の血が飛び散った。
物音とにおいを辿ってアンデッド系の魔物が集まって来る。厄介だなと思ったのはヴァイスもトリスターノも同じだった。
互いの攻撃がぶつかり合い、再び攻撃を仕掛けるために地面へと下り立つと、獲物を欲していた魔物がぞろぞろと寄って来る。ライズの姿で次々と噛み殺し、トリスターノに視線を戻すと姿が無かった。ハッと振り返ると真後ろにいたトリスターノのハルペーの刃がヴァイスの胸を抉った。
 
「ッ……」
 
よろめいた隙を見てトリスターノは雷属性の攻撃魔法を発動する。ヴァイスは地面から這い出ていたアンデッドの手に足首を掴まれ、逃げ遅れた。攻撃をダイレクトに受け、額に嫌な汗を滲ませる。
間をおかずにトリスターノのハルペーが襲い掛かる。魔銃で弾きながら後ずさった。
トリスターノは豪快に一振りをしたあと、地面に手をついて一定期間敵を寄せ付けないシールド魔法を発動した。周囲に集まっていた魔物が一斉にヴァイスを標的に捉える。ヴァイスは額の汗を拭った。
 
──と、その時だった。高笑いをあげながらミゲルがこちらに向かって来る。ヴァイスはミゲルを請け負ったゼフィル兵は全員やられてしまったのかと無念に思ったが、ミゲルを追って6人のゼフィル兵が駆けてくるのが見えて安堵した。
 
「なにしに来た」
 と言ったのはトリスターノだ。
「俺もそいつと戦いたい!」
 ミゲルは一直線にヴァイスに向かって行く。
 
駆け付けたゼフィル兵の一人がヴァイスに向かって回復魔法を放ち、もう一人はトリスターノのシールドを解除する魔法を放った。
回復した体でヴァイスはミゲルの攻撃を受け流し、体術を用いて攻撃の機会を試みる。
ゼフィル兵やミゲルが加わったことで一対一の戦いに決着がつかないままだったが、組織との戦いに時間や体力を奪われるわけにはいかない。まとめて戦う方が好都合と捉えるのが利口だろう。
 
ヴァイスチームの様子を30mほど離れた崖の上から航空機のドルバードが映していた。
 
「気味が悪い……」
 人の姿と獣の姿に変化するヴァイスを見てそう呟いたのは、半分崩壊した家に住む老婆だった。絨毯のような柄のソファに座ってテレビを見ている。
「カッコイイじゃないですか」
 と、老婆に声を掛けたのは、瓦礫を片付けていたデイズリーだった。
 
ここはリトール村。デイズリーはシオンのことを娘のように思っていた谷底村の漁師だ。アールとは偶然この村でも会っている。それはアールがムゲット村に花を咲かせるために種集めをしていたときのことだ。
 
「ここを襲ったバケモンと同じさ」
 老婆はそう言って、テレビを消した。
「……俺はこいつらと会ったことがあるんですよ」
 と、作業の手を止めた。
 
1時間ほど前、魔物が村の結界を破って大暴れした。元々小さな村だったため、結界も弱弱しく被害が出る前に村を離れるよう避難命令が出ていたのだが、この村で生まれ育った老人ほどこの村を離れることを拒んだ。
 
「本当かい」
 と、驚いた目でデイズリーを見た。
「感じのいい連中でしたよ」
「…………」
 
村を襲った魔物は駆け付けたゼフィル兵によって取り押さえられ、他の町からやって来たこの村にゆかりのある魔術師の計らいで破られていた結界も張り直されている。ただ、任務に追われているゼフィル兵はすぐに撤退し、崩壊した家屋や怪我を負った住人はなおざりにされていた。そのため、手が空いている者がこうして微力ながらに手を貸している。
 
「あんたの家は大丈夫なのかい」
「家も家族も無事です。──ですが、またいつ襲われるかもしれない。村を離れたほうがいい」
「あたしはこの村から離れる気はないよ。死ぬときもここで死ぬさ」
「そんな悲しいこと言わないでくれよ。戻って来たときにはなんとか住める状態にしておくから、それまでは……」
「そんなこと頼んでないだろう? 勝手に心配して、勝手にガラクタを片付けて」
「…………」
「あたしのことは放っといておくれ。旦那が早くに死んでからずっとひとりで生きてきたんだ。今後も誰の手も借りるつもりはないよ。どうせ老い先短いんだ。好きにさせとくれ」
 と、老婆はおぼつかない足取りで家を出ると、半壊した自宅を眺め、当てもなくふらりとどこかへ歩き出した。
 
デイズリーは持ち上げていた瓦礫を足元に放り投げ、その場に座り込んでため息をついた。また遠くの方で魔物の鳴き声がする。正直、生きた心地はしなかった。何もしない、なにも出来ない自分がもどかしく、落ち着かず、気を紛らわせるために頼まれてもいないことを勝手にはじめて、自分もこの状況下で必死に戦っているのだと自分を納得させているだけにすぎなかった。
 
──世界から笑顔が消えた日。
人々は恐怖に慄き、絶望を見、空を仰ぎ、静かに目を伏せた。
 

第五十三章 世界平和 (完)

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