voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和9…『ともだち』

 
アール一行は襲い掛かって来る魔物を払いながら目的地へ走る。
 
「死霊島にたどり着く前に体力なくなりそー!」
 と、カイが天を仰ぎながら叫ぶ。
「んなアホなことあるかッ!!」
 と、シドが言う。
 
目的地はゼフィル軍と落ち合う場所だ。組織の目を欺くために死霊島へ続く最短ルートを外れる。最短ルートはアールたちに扮したゼフィル兵が向かっていた。
 
一行が歩みを進めていると、前方に人影があった。
 
「誰かいるぞッ!」
 と、先頭を走っていたシドが、足を止めて刀を構えた。
 
人影はひとり。組織の人間と同じコートを纏い、フードを深く被っている。
 
「やはりこちらの考えは筒抜けのようですね」
 と、ルイもロッドを構えた。
「でもひとり……」
 と、アールが呟いた。
 
人影は静かにアールたちの方へ歩み寄ると、7mほど手前で足を止めた。こちらとの距離を取っていることから、相手も警戒していると思われたが、一行の予想を反して人影は落ち着いた様子で口を開いた。
 
「やっと会えたわね」
 その声は女だった。
 
一行はすぐにその人物が裏で動き回っていたローザという女であることを察した。敵か味方か、まだわからない。
 
「ローザか」
 と、シドが呟くように確かめる。
「名前を呼んでもらえて嬉しいわ」
 
ローザはシキンチャク袋から2本の剣を取り出した。ジムとジャックたちが探し出した代物、聖剣だ。
 
「これを届けたかったの」
 と、シドの方へ放り投げる。
 
シドは片手で器用に2本ともキャッチした。シドにルイが歩み寄る。
 
「聖剣ですね……」
「あぁ。ブリクスムソードとストルムセイバーだ」
「なぜこれを……?」
「私、」
 と、言いかけたところで、アールたちの背後に魔法円が浮かび上がった。
 
ローザの視線が背後に移ったのを瞬時に察した一行が振り返る。魔法円から姿を見せたのは4人のムスタージュ組織だ。
 
「罠でしたか」
 と、ルイ。
「違うわ。私は組織の人間じゃない」
 と、ローザは一行の前に歩み出て組織と向かい合った。
「え……?」
「早く行って。足止めくらいしかできないから」
「行くぞ」
 と、シドが聖剣をシキンチャク袋にしまい、迷わず走り出す。
 
アール、カイ、ルイ、ヴァイスもローザを気にかけながらシドの後に続いた。──その時、風向きが変わった。風に乗って懐かしい花の香りがアールの鼻をくすぐった。
 
「まって……」
 アールは足を止めて振り返る。
 
ローザは組織の4人に取り押さえられていた。
 
「おい! 放っておけ!!」
 と、シドが叫んだ。
「シェラ……」
 アールはかつて束の間だけ一緒に旅をした彼女の名前を呟いて組織に向かって走り出した。
 
シドたちも驚いてすぐに手を貸しに向かう。
 
「シェラって言った? アール今、シェラって言った!?」
 カイが確かめるようにそう言いながら、組織のひとりにブーメランを放った。
「言った!」
 と、アールが短く、はっきりと答えた。
 
──私を優しく包み込んだ花の香りを、忘れるわけがない。
香りでシェラを思い浮かべると、ローザが発したその声も、背丈も、彼女と綺麗に重なった。
 
シドが組織の一人に刀を振るったが、組織の男は軽快に回避して攻撃魔法を放った。ルイがすぐに結界でシドを守り、ヴァイスが銃口を向ける。
今、生き残っている組織は粒ぞろいばかりだ。そう簡単に決着は着かない。
銃弾が男の頬をかする。ローザの腕をへし折ろうとしていたもう一人の男の背後に回ったカイが膝カックンをした。なんともシュールな戦い方だが、男は不様に尻もちをついた。ルイはシドの結界を外してローザを結界で守った。
 
行く手から新たにこちらに向かって走って来る集団に思わずアールが身を構えたが、その服装からゼフィル兵だとわかると安堵して組織の攻撃を避けて打撃を与えた。
 
「加勢します!」
 この先で落ち合う予定だったゼフィル兵の第一部隊が事態を把握して手を貸した。
 
4人のムスタージュ組織が地面にひれ伏せたとき、アールは結界の中で立ち尽くしていたローザに歩み寄った。
 
「シェラでしょ」
 と、いたずらげに笑う。
 ルイが結界を外した。
「……どうしてわかったの?」
 と、フードを下ろしたが、シェラの明るくて柔らかいブラウン色の髪はどこへやら、黒髪のショートヘアが顔を出した。メイクも変装用なのか、アールたちが知っているシェラとは違って見えた。
「友達だもん。それに香りが決定打になった。変装するなら香水も変えないと」
「……そうね。好きなの。この香りが」
「私も好き」
 
話したいことは山ほどある。だけど互いに時間がない。ここに送り込まれた組織からの連絡が途絶えたことがわかればまたすぐに組織の連中がやってくる。
 
「組織の人間じゃないんだよね……?」
 と、アールが確かめるように訊いた。
「違うわ。これはニセモノ」
 と、二の腕の属印を見せた。「ただの焼き印。組織に侵入するために必要だった」
 焼き印。落書きとは違い、簡単には消せない。
「なんでそんな危険なこと……」
「友達の役に立ちたかったの」
 シェラは疲れ切ったように笑った。
「聖剣は役に立ちます」
 と、ルイが言った。「死霊島では特に、アンデッド系が多く、光属性に弱いんです。この両方とも光属性ですので」
「知ってるわ。だから手に入れたの」
「どうやってー?」
 と、カイが訊く。
「私にも仲間はいるのよ。話せば長くなるから、いつかまたゆっくり話せたら」
 と、シェラは後ずさる。そしてこう続けた。
「アールちゃん、あなたのことを話したら、手を貸してくれる仲間が沢山いたの。みんな、あなたのことを話すとき、笑顔だった」
「…………」
「みんな、あなたの幸せを願ってるわ」
 
自分の知らないところで、自分のために命を削ってくれた人たちがいる。ひとりひとりにお礼が出来るとするならば、まずは世界平和を持ち帰ることだろう。
 
「そろそろ行くぞ」
 と、シドが促した。
「シェラ、安全な場所にいて?」
「わかってる」
「一人じゃないんだよね?」
 歩き出したシドたちを一瞥し、名残惜しい気持ちでシェラと話を続ける。
「うん。マッティを知ってるでしょ? 彼がいてくれる」
 出た!マッティ!
「それ、誰……?」
 と、アールは訊いた。
「え?」
 
──え? と二人は顔を見合わせる。
 
「私が刑務所から出た時、声を掛けてきたの。アールちゃんの知り合いだって言って」
「……だれ?」
「おい! いつまで話してんだっ!!」
 と、シドが叫ぶ。
「すぐ行く!! ──とにかく、その、マッティって人は信用できるんだよね? シェラのこと騙してないよね? 絶対大丈夫だよね!?」
「えぇ、心配いらないわ」
 と、シェラも慌てて言った。
「じゃ、じゃあ、またね! 行ってくる! 感動の再会なのにバタバタしててごめんね! 聖剣ありがとう!!」
「えぇ、また! どうか無事に帰って来てね!」
「全部終わったら、お茶しようね!」
 と、手を振った。
「楽しみにしてるわ!」
 と、シェラも手を振り返した。
 
駆け足で仲間の元へ向かうアールの背中をシェラは笑顔で見送った。アールは仲間と合流すると、もう一度シェラの方に振り返り、大きく手を振った。
 
アールたちの姿が見えなくなったのを確認し、シェラはポケットから携帯電話を取り出した。電話を掛けた相手はもちろんマッティだ。
 
情報収集は一苦労だった。アールたちが立ち寄った町を片っ端から調べて、彼女と少しでも関わった人を見つけ出し、ささやかなことでもいいから情報が欲しいと交渉を重ねた。誰がいつ裏切るかわからない中で自分の正体を話すわけにはいかなかったから、身分を隠しての交渉は手段を選ばなかった。グロリアに関する情報だけでなく、組織の情報も集めていた。マッティがそれを望んだからだ。最終的にアールたちの役に立てると言うから、危険を承知で今日までコソコソと動き回って来た。
最後の最後に手を貸してくれたジャックやジムには、素性を話した。素性を話せば手を貸すだろうと思ったからだ。思った通り、彼らは彼女の味方でいてくれた。
そしてやっと、大きな使命を果たせた気分に浸れる。
 
『──無事か?』
 と、マッティが電話に出た。
「アールちゃんはあなたを知らないそうよ」
『……無事でよかった』
「ごまかさないで。後でちゃんと説明してもらうから」
 

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