voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和7…『命を捧げよ』

 
数分前。緑を失った死霊島。
 
──俺、必要だったか? と思いながら、黒く枯れ果てていたエテル樹を取り囲むように第一部隊の精鋭が輪になって術を行っているのを少し離れた場所で見ていたのがアサヒだった。
 
輪の中心、エテル樹の前には組織の総隊長であるブランと総帥のノワルが片膝を付いて頭を下げていた。
目覚めの呪文を唱え終えると、術者の半数の属印が光を放ち、体中の血液を広範囲にまき散らしながら命の役目を果たし、空に浮かんだ彼らのアーム玉が黒い霧で覆われたエテル樹へと吸い込まれていった。
黒い霧が人とも鬼とも思えない姿を映し出し、ヨグ文字が使われた巨大な魔法円が地面に広がる。
ノワルとブラン、そして居合わせた魔術師たちはすぐに円から身を退き、片膝をついて頭を下げ、敬意を表した。
エテル樹はバキバキと音を慣らしながら地面に沈んでいき、一同を飲み込むように死霊島の中心におどろおどろしい漆黒の城が聳え立った。
ムスタージュ組織は動揺を悟られまいと頭を下げたまま周囲を盗み見る。地面には金色の絨毯が敷かれており、城を支えるいくつかの柱が目に入った。
 
巻き込まれたのはアサヒも同じだった。気が付けば薄暗い城の隅に立っていたため、慌ててその場で片膝をつき、首を垂れた。
 
「随分と時間が掛かったようだな」
 
ムスタージュ組織は顔を上げてその声の持ち主に目をやった。目の前には玉座に続く階段があり、一同を見下ろす大柄の男の姿があった。姿こそ見るのは初めてだったが、その声は何度も聞いていたためその男がシュバルツであることは察しがついた。
 
「大変申し訳ございません」
 ノワルが腰を低くしたまま一歩前に出てそう言った。
 
シュバルツは右手に持っていた蛇を模った杖をとんと床で鳴らす。──途端、城の上空に大きな魔法円が浮かび上がった。
 
「眠りから覚め、まずはじめにすることはなにかわかるか」
「…………」
 ノワルは困惑して斜め後ろにいるブランを見遣ったが、ブランも思いつかなかったのか首を横に振った。
「挨拶、だろう?」
 と、もう一度杖を床で鳴らす。
 
上空に浮かんでいた魔法円は四方八方に線を伸ばし、各地域の上空に魔法円を作り出すと翼を持った魔物を一斉に解き放った。
 
首を垂れていたムスタージュ組織は外から聞こえてくる魔物の鳴き声に気を取られた。
シュバルツは一段一段静かに階段を下りてくると、甦生儀式に携わっていた魔術師の一人に杖を向けた。魔術師は額から嫌な汗を滲ませ、怯える目でシュバルツを見上げる。
 
「なぜ怯えている?」
「……いえ、シュバルツ様のお力に感服し、自身の未熟さを痛感しておりました」
「目に迷いがある」
「いえ! 私はシュバルツ様を心から崇拝しております!」
 言葉にするほど不自然さが明るみになる。
「アーム玉を捧げよ」
「あ……はい……」
 魔術師は震える手でコートの内ポケットから小さな杖を取り出し、自分の心臓に向けて攻撃魔法を放った。
 
魔術師は炎で焼かれ、あっという間に骨とアーム玉が残された。ノワルがシュバルツに頭を下げてアーム玉を拾い上げると、袖で綺麗に磨いてからそれを差し出した。
しかしシュバルツは虫けらのようにそれを杖で弾くと、一同に背を向けて玉座に戻り、腰を下ろした。
 
「ゴミを外に出せ。グロリアと国王の身柄を引き渡せ。死んでいても構わん」
「承知いたしました」
 ノワルが言い、ブランとその他の魔術師も頭を下げ、炎で焼かれた魔術師の骨とアーム玉を持って部屋を後にした。
 
組織の連中が去った後、シュバルツは静かに立ち上がって謁見の間を出た。薄暗い廊下を渡り、地下へと足を踏み入れる。
牢獄になっている地下の一室、鉄格子の向こう側に、部屋の隅で膝を抱えている一人の男の姿があった。フードを被って長いコートに身を隠し、小刻みに震えている。ぼろ切れのようなコートの裾から、真新しいグレーのスニーカーが見え隠れする。
 
「いい仕事を期待している」
 シュバルツはそう言って、不敵に笑った。
「──そいつ、なんすか?」
 と、突然声を掛けられ、シュバルツは振り返った。アサヒが立っている。
「俺より役に立ちそうっすね」
 シュッバルツの隣に立ち、身を乗り出して鉄格子の奥にいる男を眺めた。誰が相手だろうと物怖じしないのがアサヒだ。
「気配を消すのが得意なのか?」
「俺? 組織の中で引っ張りだこだったんであっち行ったりこっち行ったり、移送魔法に特化してるんすよね」
「お前の役割はなんだ」
「武器の強化とか、経験値を上げてやることっすねー。戦闘員じゃないっすよ。攻撃魔法なんか初級しか使えない」
「…………」
「俺が死んでも弾かれますかね? アーム玉」
 さっきの自決した魔術師を思う。
「いや? 気に入った」
「子分気質なんですかね、俺って」
 アサヒは冗談半分で言ったが、シュバルツはくすりとも笑わなかった。
「俺もお役に立てるよう、居場所を探してみますわ」
 と、その場を後にしようとして、ふと足を止めた。
「あ、シュバルツ様」
「なんだ」
「娘がいたのはご存じだったんです?」
 シュバルツはアサヒから目を逸らした。
「……運命とは皮肉なものだな」
「──?」
「この世界は、人の理解を超えていく。世界そのものが神であり、人が魔法を操るのならば、神は時空を歪めることもあるのだろう」
 
シュバルツは自身の右手に杖を翳した。右手の上に短剣が浮かび上がる。それをアサヒに向かって放り投げると、アサヒは落としそうになりながらもしかと受け取った。
 
「お前にやろう」
「俺に短剣扱えるかなぁ。普通の短剣ではなさそうだし」
 随分と重く、複雑な装飾が施されている。
「パグロムダガーだ。一突きすれば命を吸い込む」
「へぇ……おっかないっすね」
 そう言いながらシュバルツを見上げた。「属印による制裁はブラン様だけの特権っすかね?」
「どういう意味だ」
「もう用なしは殺す価値もないようなんで」
 エリザベスという男の裏切りを見逃していた。
「俺が望んだら殺してくださいよ」
 と、ポケットから自分のアーム玉を取り出してシュバルツに差し出した。
「グロリア一味に殺されるのも、なんの価値も見い出せずに終えるのもごめんなんだ」
 と、悲しげな表情で視線を落とす。
「よかろう。この戦いにすべてを捧げよ。見守っている」
 
アサヒは嬉しそうにニッと笑って「あざーす!」と、大げさに気をつけをして頭を下げた。
 

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