ル イ ラ ン ノ キ


 16…結末。



「じゃあまた見舞いに来るから」
 と、松原は椅子から立ち上がった。
「私は仕事あるからなかなか来れないけど、時間作れたら会いにくるね」
 と、瑞江の母親に連絡を終えた由愛が言った。「あ、机の引き出しの中におすすめの漫画入れといたから」
「まんが?」
「暇だと思って。恋愛漫画」
「あはは、ありがとう」
「じゃあね」
「うん」

二人を見送り、小さくため息をついた。女性看護師が点滴の点検を行いながら「優しいお友達ですね」と言った。

「私、統合失調症なんでしょうか」
「まだはっきりとは言えません。これからきちんと検査してみましょう」
「はい……」
 気分が下がってゆく。これまで知らず知らずに溜め込んでいた目に見えないストレスが、形となって表れたかのようだった。
「すみません、漫画とってもらえますか?」
「あ、はーい」
 と、看護師は瑞江の代わりに引き出しから少女マンガを取り出し、渡した。
「ありがとうございます」
 表紙を見て、思わず苦笑い。ホストのようなイケメンキャラと目が大きくてキラキラした、いかにもどんくさそうな女の子の絵が描かれている。
「その漫画、私持ってますよ」
 と、看護師。「今度実写映画化するみたいで」
「え、そうなんですか?」
「この男の子の役を武中輝がするんですよ!」
「あー、最近良くドラマに出てますね!」
「そう! イメージ通りなんで楽しみなんですよ」

でもヒロイン役が気に入らないのよねと、そんな会話をしていると、少しだけ気分が向上した。

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病院から出た松原は、ポケットからもう一枚の紙を取り出し、眺めた。

「見せるのやめたんだ?」
 と、由愛が覗き込む。
「あぁ。忘れたほうがいいだろうからな」
 そう言って見ていたのは、古いモノクロ写真だった。
「もう一回写メ見せて」
 由愛にそう言われ、松原はポケットから携帯電話を取り出して携帯で撮った写真を見せた。

由愛は写メに写っている女性をまじまじと見た。

「ほんと別人……。それに髪長くて顔色悪いから気味悪い」
 そして今度はモノクロ写真に写る女性を眺めた。「何度見ても……」
「偶然にしては気味が悪すぎる。顔が潰れて整形した有村ほのかの顔が、数十年前にあの廃墟で自分の子供を殺して自殺した女の顔に似てるなんてな」

モノクロ写真の女性は、奇形児を産んだ女だった。そして松原が携帯で撮った写真は、ネットで有村ほのかの名前を検索して見つけたものだった。パソコンの画面をそのまま写真に納めた。

「フェイスブ○クに載せてあった写真でしょ?」
「あぁ、プロフィール見たけど本人に間違いないと思う」
「怖いね……」
「…………」

松原は携帯電話をしまい、写真もポケットに入れた。

「そのモノクロ写真はどうしたの?」
「優子さんが探して入手しくれた」
「え、だれ優子さんて。美人そう」
「関わりのある人だよ。ずっと心配してくれてた」
「ふーん。なんか仲間はずれ」
「すねんなよ」
 と、松原は笑った。「あんま関わらないほうがいい」

二人は駅に向かって歩き出した。

「……やっぱ松原君にしようかな」
「何が?」
「彼氏候補」
「なんでだよ」
 と、苦笑する。
「今まで話した事なかったけど、案外いいやつ?」
「そりゃどーも」
「なにその反応。脈なし?」
「ないね」
「そんなはっきり言う?!」
「言う。」

由愛はぴたりと足を止めた。「なんだよ」と松原が振り返る。

「わかっちゃった。好きな人がいるんだ!」
「さぁ」
「もしや瑞江?!」
「いや」
「わかった。優子さんだ。綺麗だもんね、あの人」
「お前知らんだろ!」

二人は笑い合うと、電車の時刻を気にしながら足を速めた。

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「漫画、おもしろい?」
 と、看護師が訊いた。
「んー……」
 瑞江は眉をひそめ、漫画をまじまじと見遣った。
「どうしたの?」
「なんか目が霞んでて見えづらいや」
 瑞江はそう言って目を擦った。
「目薬もってきてあげよっか」
「あ、助かります」
 と、笑顔で頭を下げた。「あと……」
「ん?」
「なんか後頭部が痒いんで包帯とってもらえないでしょうか」
「あらら、蒸れちゃったのかな。先生に相談してみますね」
 看護師は笑顔でそう言って、病室を出て行った。

瑞江は本を閉じ、あくびをした。目が霞んでいて気持ち悪い。
何度も何度も目を擦った。


end - Thank you

お粗末さまでした。140722
修正:160126
次ページあとがきです。

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