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「今日はラブレターの日です。好きな人にお手紙か絵を描きましょう」


そういって園児たちに紙を配っていた優先生を見て。

そういえばレターセットが机のどこかに埋まっていたなぁ…なんてことを思い出した。

声をかけることもできない私は、きっと手紙なんてものをしたためても渡すことなんかできないんだろうという確信。

しかしそれでも耳に残った優先生の言葉と声と、どうせ渡しはしないだろうけど、自分の気持ちをまとめるために文字にしておくだけしておくのもいいかもしれない、とも思った。

デスクのシートの下に、昔何の用途で買ったかも思い出せないレターセット。
きっと園児か誰かに頼まれたのだろう。子供っぽいデザインのそれにはハートマークや子供が好みそうな丸っこいキャラクターが色彩豊かに描かれていた。


誰もいない、風だけが通る事務室。
初夏の香りを窓の外から運んでは窓の外に消えて行った。
窓の外にいるのに、どこか遠い園児。
同じところにいるはずなのに、際立って見える好きな人。


こんな年になっても、まともな恋なんてしたことのなかった私は、きっと一生誰も愛することなく終わるのだろうと思っていた。

誰かの幸せを祈ることも、誰かの声を聞いて和むことも―――そんな諦めきった感情をあなたを知ってから理解したのです。

声に出すことのない恋ですけど。

年甲斐もない年齢差の男ですけど。

それでもやっぱりあなたが好きなようです。


誰かの隣で笑う優先生。

わたしはそんな、誰かのために笑う優先生が好きになったはずなのに。


それがきっとあなたに似合うであろう男性であると理解しているのに。


想っているだけでいい想いのはずなのに、それが私の胸を焦がします。

そんな思いを詰め込んで。
紙幅いっぱいになって。
きっとシールで綴じたらもう二度と開けられることにない手紙に、やはり少しばかり悔しくなって、せめてハート形のシールを選んで。


―――ぱちっ。


ふと窓の外に視線を上げたら、優先生と目があった。

彼女は、その時紛れもなく私に向かって笑って手を振ってくれた。

わたしも、笑顔を返して、手元の手紙にハート形のシールを貼った。


すると優先生が園児たちに声をかけてからこちらに来た。


「オッタビオさんも誰かにお手紙書かれたんですか?」

「……、はい」



貴女です、なんて口が裂けても言えなかった。
想いを飲み込んだはずだった。



「かわいらしい便箋ですね」

「ああ、昔買ったものが残っていたようです」

「そうなんですか!以前も誰かにお手紙書いてらっしゃったんですか?」

「いえ…筆不精ですから、きっと園児たちに頼まれたものだと思います」

「………」

「?」


突然の沈黙に首をかしげた私に、優先生はにこっと笑って言葉をついだ。



「ふふ、すみません。筆不精を自負されるほどのオッタビオさんが筆を執るほど素敵な方へのお手紙なんだなぁ、と思って」

「!」

「きっと素敵なお手紙ですね」

「……はい、きっと…いえ、間違いなく――世界一素敵な方への手紙です」


嬉しそうな顔をした優先生。
もしかして伝わっているんじゃないかと思ってしまうけど。



“口に出さない好意は伝わりませんよ”



干物先生の言葉が脳裏をよぎって、頭の中で――なにか衝動が、弾けて。


「優先生!」
「?はい」


何を言おうとしている?



「あの―――あ、」



衝動に任せて、身分不相応な言葉を?



「あなたに、「優!こっち来てたのかぁ!幹部が封筒がないって喚いてるぞぉ!」

「ああっ、そうだ私封筒渡してない!呼びに来てくれてありがとう!すみませんオッタビオさん!お相手ありがとうございました!」

「あ―――…」



どっくどっくと心臓がかつてないほど鳴っている。
何を。
何を。
わたしは、何を。

スクアーロ先生が来て助かった?

身分不相応なことを口走りそうになった自分がなんだか恥ずかしくなって、衝動に任せて手紙をゴミ箱に投げ捨てようとして―――さっきの言葉が頭をよぎった。



――筆不精を自負されるほどのオッタビオさんが筆を執るほど素敵な方へのお手紙なんだなぁ――



「―――ふ、ふふ」


手紙をデスクに置いて、椅子に思いきり体重を預けて、どっと疲れて息を吐いて。



「…はー…なんとも…罪作りな人だ……」



その手紙をデスクシートの下にはさんだ。






(ひどく疲れたわたしの世界の、貴方はたった一つの宿り木。)



20130523(title:反転コンタクトさま).



ある幼稚園の事務員の話/夜明け前




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