miracle

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ED十年後捏造。ギャリイヴ風味のイヴの話。


どうもこんにちは、素敵なカフェですね。帰る途中だったのですが、とても気になる名前のお店だったので。
注文はそうですね……あら、マカロンがおすすめですか? ならマカロンと、ミルククレープをいただきます。飲み物は今日の紅茶をひとつ。
それにしてももう三時ですね。実は私美術館へ行ってきて……はいそうです。そこの美術館のゲルテナ展という企画に。とても素敵な作品でしたよ、とても懐かしく感じて。はい、前にも一度、十歳頃に。
そういえばその時におかしな体験をしたんです。お話ししましょうか? 丁度、このカフェの名前にも少し縁のある話かもしれません。
とても突飛な話ですが、作り話だとでも思っていただければいいです。
けれどこれは、実際に私が体験したお話です。

今から丁度十年前……十年なので九歳のときの話ですね。私はその日、今と同じ服であそこの美術館のゲルテナ展へ、両親と行きました。パンフレットを貰い、私は両親と離れ一人で絵を見ていました。
ゲルテナの「深海の世」という絵は知っていますか……はい、今回の目玉にもなっているポスターの絵です。今思えば、あれはゲルテナにとっても特別な作品だったのでしょうね……。
私は、二階のフロアにひとつ、とても巨大な絵を見つけました。いいえ、「深海の世」よりももっと大きな絵です。……確かに、深海の世よりも大きい絵は、ゲルテナの絵には存在しません。しかし私は見たのです。「絵空事の世界」という、ひとつの絵を。絵空事の名の通り絶対に存在しない絵を。けれどその絵は確かに存在しました。私はこの目で見たのです。絵が私を呼んでいたのを。
下の階においでよ。秘密の場所教えてあげる、と。

私は下の階にあった「深海の世」の前で立ち止まりました。秘密の場所、多分それはこの絵のことだと、幼い頭で考えていました。絵を囲む柵は壊れていて。まるで深海に溺れてしまえとでも言うように、絵は私を飲み込みました……。

次に目に飛び込んだのは、まるで暗い海底のような美術館でした。美術館、と言ってもそこは私の知る世界ではなく、ただ廊下が続いていました。廊下の先で、私は花瓶に差された、赤い色彩を零す一輪の薔薇を見つけました。綺麗な色で、造花と疑うほどの美しさでした。手に取れば少し花弁が散っていて、それでも不思議な色彩を放つ薔薇は、確かにそこに存在したのです。
花瓶は扉を塞ぐように台の上に置いてありました。私がその台を退けて扉を開けば、小さな部屋に張り紙がひとつ貼ってありました。
「あなたと薔薇は一心同体」、「命の重さを思い知れ」と。
赤い花弁が一枚散るごとに体に激痛が走り、その意味を実感することができました。まさしく私は薔薇と一心同体になったのです……ええ、まるで魔法のようですね。でも、それで絵空事は終わりではありませんでした。

その美術館は謎がたくさんでした。首のない像、絵から飛び出す女、首だけのマネキン。その怪物たちと謎は、幼い恐怖心を煽るのには充分でした。

そんな中でも、私は二人の友達に出会いました。
一人はメアリーという黄色い薔薇を持った愛らしい少女でした。まるで絵に描いたような美しい顔立ちで、かわいいものが好きだったり、絵が好きだったりとても仲が良かったです。

もう一人は、青い薔薇を持ったギャリーという男性です。男の方なのに、女性らしい口調と仕草で私は何度も彼に助けられました。幼い心には、まるで正義のヒーローのようにうつったのでしょう。私は彼に恋をしました。
シンデレラのように、小さきながら抱いた恋心。ですが、そんな怖くも楽しい旅はそんなに長く続きませんでした。
私は彼らと、一緒に脱出することはできませんでした……。

メアリーは、実はゲルテナが描いた生涯最後の作品でした。ゲルテナは実在する人物をあまり多く描いていません。彼女も作品ゆえに、実在しない絵空事の存在でした。
彼女は、外に出たいという他の作品とは違う意思を確かに持っていました。彼女の薔薇は造花だったけれど、偽物ながらにも愛しく、悲しい願いがあったのです。ともだちのつくりかた、彼女の部屋で見たその本に、私は痛く心を締め付けられました。けれど友達がほしい、そう願う彼女は、幼い私の目には恐怖にしか見えませんでした。結果、私は彼女の絵を、彼女の命をライターで燃やし尽くすこととなりました。友達がほしい故の暴走、けれど私たちが彼女を遠ざけなければ、決して私たちに被害を加えなかっただろうと思います。私は身勝手な思い込みで、彼女を燃やしてしまいました。
ギャリーは、私をメアリーからかばい、薔薇を差し出しました。彼女にとられてしまった、私の命を。自分の命と引き換えに。彼が美術館で見ていた絵の中にひとつ、吊るされた男という絵があります。タロットカードの正位置では自己犠牲という意味があります。メアリーに奪われた私の薔薇を、彼は自分の薔薇と交換したのです……ええ、彼の命は散りました。他でもない、私のせいで。

けれど、私は今までそれを忘れていたのです。なぜ、そう聞きたいのでしょう?私にもわかりません。けれど、絵空事はつくりもの。彼女達はこの世には「存在しない」のです。でも私は今、このお話をすることができました。彼女達は確かに「存在した」のです。
私は今日、美術館であるひとつの絵を見ました。「忘れられた肖像」という、一人の男性が暗闇で座り込んでいる絵です。瞳は閉じられており、その肌には生気がない。けれど、私はなぜか彼は生きている、そう思いました。なぜなら、その柔らかいが近寄りがたいような雰囲気も、紫のカーブのかかった髪も、整った顔立ちも、手首にはめられた腕時計も、長いまつげ一本一本、全てが彼そのものだったからです。
私は彼を見たとき、なぜかとても胸が苦しくなりました。形容するなら、切ない、そう思った途端私は全てを思い出しました。まるで飴玉が弾けるように、真っ白だったパーツが色を持ち、ぴったりと当てはまり。

ああ、きっとこれは「奇跡」だったのだろう、そう思います。現に私は今、この話をしながら話した内容を殆ど忘れています。……あなたもそうでしょう?なぜなら彼は「存在しない」絵空事であり、「忘れられた肖像」だからです。
けれど、このお店の名前を見たとき、このお話をしようと思いました。また「奇跡」が訪れますように、そんな願掛けがあって……。

きっと「奇跡」が訪れるといいですけれど。ああ、随分と長く話してしまってすみませんでした。マカロン、美味しかったです。実は私、マカロンを食べるのは初めてだったんです。夢のように甘いのですね。お話を聞いていただきありがとうございました。……それでは。

「奇跡」が「奇跡」でありますように。

Ib4周年記念に少し長いのを書きました。
……まあ約3000文字ですが。
忘れられた肖像EDの10年後妄想となってます。

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