しんかいのそこ

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お題「あんなに綺麗だったのに」「涙が出るほど綺麗な寝顔」「心が壊れる音を聞いた」


 暗い、どこまでも暗い部屋が私の眼前に広がっていた。その暗い部屋を取り囲むようにして、うさぎの置物たちが輪を作っていた。その中心であなたはいつもの笑顔を浮かべていて、そのことにホッとする。

「扉、見つけたよ。きっと出口につながっているはず……ギャリー?」

 呼びかけてみても、体を揺すってみても反応がない。ギャリーはいつも通りに笑っているけれど、まるで私のことが目に入っていないみたいだ。どこまでも虚ろな目に優しさはあれど、私に向けられていたはずの笑顔はない。まるで人形みたいだ。

「……嫌っ!」

 無機質な笑い声と、誰に話しかけているでもない言葉部屋に反響していた。笑顔を崩さないその顔が酷く恐ろしくて、思わずその体を突き放してしまった。
 ギャリーの体が重い音を立てて床を転がる。酷く乱雑に転がった体は、不思議なくらいに力が抜けていて、抜け殻のように動かない。けれどその口はずっと弧を描いており、絶えず笑い声が漏れ続けていた。

 どうしてしまったんだろう。その笑顔はまるであの女達を連想してしまう……。あんなに綺麗だった薔薇はもう散ってしまったのだろうか。ああ、だからあなたはそうやって笑っているのね? 青い薔薇が酷く脳裏にこびりついて離れなくて、まるで足枷のように重い。その重さに耐えきれずに、私は崩れ落ちるように地面に座り込んだ。

「イヴ、どうしたの? ねえ、もう置いていっちゃおうよ。きっともうすぐ出口だよ……?」

 メアリーの声がまるで悪魔のようだった。見上げると、どこまでも透き通った青い瞳に、暗い赤色が覗いていた。立とう、と促すように伸ばされた手がとても冷たく、恐ろしく感じる。
 ちらりと横目でギャリーを見ると、転がった体を起こそうとしないまま、ずっと笑みを貼り付けていた。

「……ギャリーもなんか変だし。もういいよ、いこう?」

 早く早くと私の手を掴んでぐいっと引っ張り上げた。確かにギャリーは変だ。地にひれ伏す姿は、私の知っているギャリーとはかけ離れていた。まるで偽物みたいな……そうだ、きっと彼は偽物なんだ。

 そう思うと、彼の姿が酷く滑稽に見えた。あんなにこびりついていた笑い声が、汚れを落とすように消えていく。
 立ち上がった私の手を握るその手を、強く握り返すと、メアリーは笑って扉を指差した。
 ああ、この偽物は私を騙すつもりなのかしら。きっとメアリーの手についていけば、本物のギャリーに会えるはずなんだ。

「えへへ。きっともうすぐだからね。頑張ろう! イヴ!」 
「……うんっ」

 メアリーがとても嬉しそうに手を引いてくる。その青に映る景色をもう一度確かめようと、暗い暗い部屋を振り返り、そして目を疑った。

「ギャ……リィ……?」

 涙が出るくらいに綺麗な顔であなたは微笑んだ。

 鼻の奥がツンと痺れるように痛い。歪む視界が立ちくらみのようにぐるぐる揺れて、まるで重力が反転したかのように頭が揺れた。
 メアリーの手からスルリと落ちていった手が、そのまま宙を舞う。

 あの顔は、ギャリーだ。
 そう考えてしまうと、胸の奥がぎゅっと締まって、視界が歪んだ。地面に蹲って、ギャリーの手を取り、ひたすらに彼の笑い声を聞いていた。

 視界の端であの子が戸惑ったような顔をして、呼びかけてきた。その顔はまるで、悪魔のようだった。悪魔が口を開くと、急に眠気が襲ってきて、瞼が重くなる。重力に逆らうかのように暗闇に閉じ込められると

「ああ、そうなんだ。じゃあずっとここで遊ぼうね」

悪魔の囁きとともに、心の壊れる音がした。

ちょっと暗めなお題ったーで出てきた結果。ギャリイヴっぽいなーと書いてみましたが、いつもキャラからストーリーなので、ちょっと難しかったです。

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