ここはどこだろう、
と目が覚めたら最初に思った。
見慣れない天井と壁紙に目をやる。暗闇に慣れてきた目でよく見れば、そういえば見たこともあるような、ないような。
意識朦朧とそれでも懸命に考える私の隣で生ぬるい温もりがもぞもぞと動いた。
布団からのぞいた赤が白いシーツに乱暴に散らかっている。別にそんな血とかスプラッタな話でもなくて、ただの髪の毛である。
ただの、と言うのもおかしいけど鮮やかなキレイなヒロトの髪の毛だった。
考えてみれば、たしかに、ここはヒロトの部屋だ。
見覚えのあるのも納得。来るのは久しぶりだったけども。





「……なまえ?」
「あ、ヒロ」
ト。って目の前にいる彼の名前を呼ぼうとしたら目の前が真っ暗になってとても息苦しくなって。
一緒に同じ場所で同じように育ってきたはずのヒロトの、私と違う男の子の腕。その中に閉じ込められてしまった。
だから息苦しいって。

「ごめん。」
腕の中に身動ぎして苦しい苦しいと訴えればあっさりと解放された。顔を上げれば、眉を下げて何だか今にも泣き出してしまいそうなヒロトと目が合って私が泣かせたみたいで罪悪感がつのる。
仕方ないから、離れたばかりの彼の胸に頭をもう一度預けて息をつく。

トクンと震えるヒロトの心音に、耳を澄ませて目を閉じたら先ほどまで寝ていたはずなのに、また眠気が襲ってきた。意識がふわふわしておかしい。

「……眠いの?」
「ヒロトは眠くないの」
「まだ少し眠いよ。」

泣きそうだった顔を崩して、笑うヒロトは今度を優しく私を抱き締めた。もぞっと布団にまた潜れば、ひやりと何か冷たいものが鎖骨に当たってびっくりした。
ついでに足にも冷たい何かが絡んできて、何事かと思えば、なまえの足あったかいね、とヒロトに笑われたのでこれは彼の足かと理解した。

「何これ……水晶?」
首元にいつの間にかあったペンダントに首を傾げる。紫のようなピンクのようなそれは綺麗で、何だかくらりとした気がした。

息を飲んで黙ってしまった彼の胸から目線を上げて、顔を見上げると寂しそうに笑ってくれるヒロト。どうしたちゃったの。

「それ、ね、お揃いなんだ。」
「ホントだ。」

私から手を離して、ヒロトもシャツの中に仕舞いこんでいた同じ紫色を取り出して見せてくれた。その手は何故か少し震えていた。不思議に思いながらも、なんとなく手をのばして触ってみた。びっくりしたのかヒロトはびくっと震えた。

僕らは自我を保ってなきゃいけないんだって、早く慣れなきゃいけないんだって、
呟いた言葉は自分に言ってるのか私に言ってるのかわからなかったけど、うん、って頷いた。

「お父さんがくれたんだよ。」

大事にしなきゃね。うん。
やっぱり彼は辛そうだった。

目を伏せて、もう名前も呼べなくなるんだね。と哀しそうに、見てる方が辛くなるような顔で笑うから思わず、私は身を起こしてヒロトに抱きついた。

「っなまえ、なまえ……!」

ねえ名前も呼べないってなんのこと。なんでそんなに苦しそうなの。わたしの知らないところで彼に何があったの。

言いたい聞きたいこと全てを心の内に仕舞い込んで、
わたしは、ヒロトの肩に頭を押し付け、自分の肩に水滴が落ちてきたのを感じながら、
ただ抱きしめることしかできなかった。

あの時は、そうするようにしかどうにもならなかった。



「   。」
「はい、」

グラン様。

赤い髪をした彼が『ヒロト』と同じ声で
私のことを指すのだろう
『私』でない名前で
私を呼ぶ。

どうしようもないやりきれなさを抱えて、私は今日も
その冷たい声に

「お呼びでしょうか。」

応えるのだ。



Free Fall


あの日、すでに芽生えていた密かな想いと共に、
どうしようもなく後悔に震えながら。



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エイリア、が書きたくてですね。
(20120203)


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