圧倒的不利


それは、退屈で退屈でしかたない放課後昼下がりの職員室でのこと。
「…女装、似合いそうだよな」
オレンジの髪に黒いお面が印象的な教師がスティックシュガーの空袋を弄びながら、ぽつりと呟いた。
「独り言とは珍しい。何かあったんですか?」
真後ろの席に位置する白衣の教師が椅子を回して振り返る。
興味本位に少し楽し気な笑みを交えたような様子だ。
オレンジ髪の教師:猫は同じようにして椅子を回して振り返った。
「いや、さっき廊下で愁夜先生とすれ違ったんだけどよ…」
「ほう」
「しゃがみこんで生徒がばらまいたプリント拾ってる後ろ姿が妙に色っぽいなと」
「猫先生は手伝わなかったんですね」
「うん、皇先生はそういうの口に出すから飲み会誘われないんだからな」
毒舌に毒舌で返され、白衣の教師:皇は瞬間、悔しそうに黙った。
が、これで終わる皇ではない。
「視点がずいぶんとセクハラですが、確か愁夜先生はそういった方は苦手なのでは?」
「痴漢とストーカーと覗き魔は苦手なだけでセクハラ視線は何も言われてないから問題ない。あと俺がやってんのは盗撮だから覗きじゃない」
「…それでさっきの独り言に繋がるんですね」
諦めた。
おそらくこれ以上言ったところで話は進まないだろうという皇の判断は正しい。
何故なら、猫はこれから先なにか聞かれたらすべて「飲み会で〜」と話を始めようと企んでいたからだ。
「独り言つーか、提案だな」
そう言って、猫はにやりと笑う。
「…どおりで私に聞こえる大きさで話す訳ですよ」
困った顔を作りながら、皇も笑いを浮かべた。
「別に俺一人でもできなくはないんだろうけどやっぱり騒がれて大事になるよりは…なぁ?」
「楽しい企みごとは嫌いではありませんよ。ただ…」
「ただ?」
「どうせやるのならば、確実性を求めたいですね」
そう言って皇は、コーヒーシュガーの角砂糖をつまんでかざした。


「っ?」
なんだか嫌な寒気がした。
風邪だろうか…。
確かに毎年季節の変わり目は風邪で倒れてはいるが、それとは感覚が違う。
…嫌な予感が…いや、忘れよう。
そして夕哉くんにはきちんと天気予報を見るよう注意しておこう。
教材を片手に早足で廊下を進む。
後ろから伸びてきた手に口をおさえられ、パニックになるのはほんの数秒後とも知らず。


縄でぐるぐる巻きに縛られ、猿ぐつわを噛まされた黒スーツの教師を担いだ学帽の教師が理科準備室へ入ると、拍手が起きた。
「さすが久楼先生!!誘拐犯の鏡!!!」
「あまり褒められている気が致しませんな」
文字通り拍手喝采をしている皇に一瞥し、学帽の教師:久楼は肩に乗せた黒スーツの教師を床へ下ろす。
「おいおい、何も縄で縛んなくても…」
「こうでもしなければ、ご用命通り誰にも見つからず迅速にとはいきません故」
黒スーツの教師;愁夜は無言で三人を睨む。
特に、たかが角砂糖で買収された久楼を重点的に。
「痕ついてねーだろうな」
「自分が左様なミスを犯すとでもお思いですかな?」
「さて、先生は何故ここに呼ばれたのかわかってますか?」
後ろ二人を華麗にスルーし、皇は愁夜に詰め寄る。
呼ばれたというより強制連行むしろ誘拐だ警察を呼んでくれと叫びたいが物理的に叫べない愁夜はただ睨むことしかできない。
「まぁ百聞は一見にしかずって言うしな」
「完全に同意致しますな」
この三人がそろって笑みを浮かべてる構図なんて見たくなかった。
気が遠くなりそうな状況の中、愁夜は確かにおかしいセリフを耳にした。
「まずはお着替えしようぜ?愁夜センセ」


「…馬鹿でしょう…あなた方…」
「知能指数としては貴殿よりも遥かに上かと」
「そういう事を言ってるんじゃありませんっっ!!!」
見事に紺色のセーラー服の上下を着せられた愁夜は珍しくも声を張り上げたが、三人には通用しなかった。
「いやーやっぱり見立て通りだったわ」
「猫先生の審議眼は侮れませんね」
「キシッ」
普段と何ら変わりのない様子で談笑している。
準備室の机に腰掛け、スカートをおさえたまま動こうとしない、いや、服装的に動きたくない動けない愁夜は、叫ぶという手段でしかアプローチしかできなかった。
「僕の服を返して下さい!!今すぐ!!!」
その叫びに、不思議そうな顔をしてから、猫は笑みを浮かべる。
「そりゃ無理な相談。これからが本番なのにな」
「本番…?」
いぶかしげな顔を深める愁夜に猫は手に持っていた服を持ち上げて見せた。
「言ったろ?まずは、お着替えって」
楽しいオモチャでも眺めるかのような猫に対し、愁夜の顔は普段以上に青ざめていた。
「宝探しだ。愁夜先生」
「はぁ?」
「これから俺、皇先生、久楼先生の三人でこれを校内に隠してくる。それをちゃーんと見つけられたら先生はめでたく帰れる。それだけだ、簡単だろ?」
真っ向勝負で挑んだら三人の誰にも勝てない。
愁夜はわかりきった答えを反芻しながらも苦々しく、愉快そうな猫を睨みつけた。
「ただし…生徒に見つかったらどうなるかは知らねーけどな」
「わかりました」
帰ろう。
即決した。
生徒に見られたら明日から学校に来られない。
見知った生徒より見知らぬ大多数の人間に見られるとしてもタクシーで帰れば問題ない。
わずか三秒でそんな思考を巡らせ、愁夜は返事を返した。
そんな愁夜を見て何を思いついたのか、久楼はぼそぼそと猫へ耳打ちした。
「あ、服全部回収する前に帰るのナシな。そしたら毎朝出勤と同時に捕まえて日替わり女装させっから」
「久楼!!」
「ゲームにおいて、最低限のルールの抜け道を潜られては面白味も何もありません故」
「念のため、アキラさんの使用も不可ですから、よろしくお願いしますね」
「そんじゃ、ゲームスタート」
理科準備室の扉が開くと同時に、三人の姿は消えた。
「…その能力とバイタリティを…なぜ授業に生かさない…っ!!」


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