バッドスタート

髪を掴まれ壁際に無理やり押さえつけられて、咳がこぼれる。
繁華街のビルの間、細い路地裏に通りかかるのは野良猫程度、助けてくれる人は、いない。
「殺されたいんですか」
そう聞いてもやまないこの行為に、吐き気がする。
実際吐き散らしたのは目の前のこの男で、それは吐瀉物とは似ても似つかない色をしてはいたが。
ボタンの飛んだ淡いグレーのスーツが、乱雑に解かれた紺色のネクタイが、しわの寄った白無地ワイシャツが、揃って、赤黒く染まる。
顔に降りかかった血を拭って、右手を緩く上げると、煙が絡みついた。
落ち窪んだような黒い両目、弧を描く口。クレヨンで描いた子供のラクガキのような顔のついた、煙。
小柄な胴に長い尾を引くそれは、あたかもデフォルメされた幽霊のような形をしていた。
「…ありがとうございます、アキラさん」
そう言うと、丸い両目までが弧を描く。
「急ぎましょうか。初日から遅刻なんてしたら、失礼すぎます」
その為にも、まずは、この服を着替えなくてはいけない。
全身に渡って、ずいぶん派手なペイントを施されてしまった。
「ペンキを浴びてしまったんですとでも言えば、学校でシャワーは借りれますかね」
ペンキにしてはどす黒い色をしているが、相手がペンキ業者でもなければ気付かないだろう。
幸い替えの服は用意していたものの、初日だからとスーツとネクタイとを下ろさなければ良かった。
しばらくは前のスーツで過ごすはめになりそうだ。
…いや、それより。
どうやって、学校に行けばいいんだろうか。

赴任初日のバッドスタート

初日からタクシー通勤だなんて。
そう血塗れで頭を抱えている僕は、運転手にとってさぞ異様だったろう。


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