私はベルゼブブ家の931代目として恥じぬ高貴な悪魔であるように。
君臨するものとしての威厳を持ち、強大な力を示すために。
立ち振る舞いや、言葉遣い。広い知識と貴族の常識、兼ね備えた教養。
下級悪魔どものよう不安定ではない絶対的な能力、媚びる群がる、野蛮はもちろん有り得ない。
紳士としての在り方も心得ています。

云々。

ぺらぺらと流れる水のように流暢に、次から次へと語られる自己顕示。
どうしたらそんなにお口が動くのか、他にすることはないんだろうか。

いつもならうるさい、と一喝してくれるアクタベさんはさっき用事とやらで出掛けたばかりだ。
今日の仕事は片付いてしまったし、だけど事務所の留守番を頼まれてしまったから帰れないし。



「さくまさん」

「……」

「さくまさん、聞いてますか」

「…いや、聞いてますけど」

「ふむ、なにやら不満がおありのようですが」

「大有りですよ。紳士は女性のことをビチクソ女なんて言いませんし、もっと優しいもんでしょう」

「心得ている、と言っただけです。
貴女が紳士的対応に相応しい淑女であれば、私もそうしますがね」

「あーはいはいそうですか。
私は紳士的対応をするに値しないクソ女って訳ですねよく分かりましたー」

「…でも貴女が望むなら、叶えてやらないでもありませんよ」



そう言うや否や、なにを思いついたのか。余計なことを口にするんではなかったと、今更後悔したって遅い。

優雅に立ち上がると、向かいのソファーから此方まではあっという間だ。
私の前まで来ると流れるような動作で膝をつき、上品な笑みを浮かべて私を見上げる。
さらさらと揺れる金の髪は、それを一層際立たせていた。



「や、あの、ごめんなさい。
いつも通りでいいですから、」

「さくまさん」



意図的なのか。遮られた言葉。
跪いて、私の手をまるで壊れ物でも扱うかのように優しく取って。

もうですね、それだけでも十分驚いたのに。
そっと彼の口元に引き寄せられたかと思うと、手の甲に落ちてきた柔らかな感覚に硬直する。



「親愛なる我が契約主、貴女が喚ぶならばこのベルゼブブ、いつでも馳せ参じその望み、力を尽くして叶えてみせましょう」



ちらりと上目遣いに覗く、自信に溢れた薄碧の瞳。
ベルゼブブさんが話す度、甲にかかる息遣いが生々しい。
う、と息が詰まって言いたいことがうまく出てこない。



「ではさくまさん。生け贄をいただきますね」



ぴり、と僅かに走った小さな痛み。
ベルゼブブさんが私の手に爪を立てたのだと。そして流れてきた血を舐め取られているのだと。

これのどこが紳士なんですか、引き抜こうとしてもびくともしない。
彼は至極愉快そうに口角を吊り上げていた。