依頼を受けて森の中。
鬱蒼と覆い繁る草木の中から、地面を踏みしめる音が響く。頬を撫でる風はほんのり冷たく、まだ昼過ぎだというのに辺りは薄暗い。

(ああ、ここはどこだろう)

彼女――佐隈りん子は、緩やかに足を止めた。



「…さくまさん、」

「…はい」

「目的地まであとどれくらいですか。
何だかさっきから、同じようなところを何度も通ってる気がするんですが」

「あ、やっぱりベルゼブブさんもそう思います?」

「……そんなことではないかと思っていたところでしたがね…迷ってんならさっさと言えビチクソ女が!」

「あははー、すみません」



だって言ったらベルゼブブさん、そうやって怒るじゃないですか。
軽く受け流す佐隈に、ベルゼブブは眉間の皺をひとつ増やす。



「…どれ、貸してみなさい」

「はい、どうぞ」

「………なんですかこれは」


「依頼主が描いたものだそうです」

「…っこんな落書きみたいな地図で分かる訳ねェだろが!何だこれ、山の中腹に点が描いてあるだけじゃねェかァァ!寧ろよくここまで歩いてきましたね貴女!つーかよくもまあこれだけで行く気になりましたね!アクタベ氏も一体何を考えているのやら…!」

「元気ですねえ、ベルゼブブさん」

「今疲れた!本当に疲れた!」

「ま、まあまあ、聞いてください。
もちろんその地図だけが頼りな訳ないじゃないですか」

「……ほお?」

「依頼主の探し物なんですけどね、暗いところだとただの石なんですが、光に当たると赤く輝くそうなんです」

「……赤く、ねえ」

「一応懐中電灯と、予備の電池も用意してきました。その地図にあるようにこの山の中間辺りに、草木が減った所…もとい洞窟のような場所があるらしいんです」

「そこに石があると?」

「はい、必ず」

「随分言い切ったものですね。だが、見つからない…という訳ですか」

「…そうなんですよねえ」



草木が減る気配なんて微塵もない。
日が遮られるほど辺りを覆い尽くす景色が途切れる所なんて、目を凝らしても見当たらない。

暢気にぼんやりと頷く佐隈に、ベルゼブブは苛立ちを隠さない。



「大体さくまさん、貴女どんな基準でここを中腹だと判断しているんです」

「…えっと、勘、ですかね」

「……事前に山の標高や道程、どのくらいで何処まで行けるか。それくらい調べておくのが当然だと思いますがねえ…?」

「や〜…あの、実はレポートや宿題がすんごく溜まっててですね?
それクリアしてから調べようと思ったらいつの間にか夜が明けて…まあ携帯があるしなんとかなると、思ったん…です」

「しかしその携帯も圏外、引き返そうにも何となくで登ってきたから分からない。当たっていますか?」

「す、すごいですねえ、さすがベルゼブブさん。能力ですか?」

「貴女の阿呆さを考えればわざわざ使わなくとも分かります。
……これからどうするつもりだクソタレ女」

「と…取り敢えずもう少し歩いてみましょう。どこか休憩できそうな場所も探しながら」

「…ノープランな訳ですね。もう怒る気力も失せました」

「あはは…すみません」



笑い事ではないというのに。
この女は遭難して死ぬかもしれないとか、野生の動物に襲われるかもしれないとか。そういう危険は感じていないのだろうか。

ベルゼブブはじとりと佐隈を睨み付けながら、そんなことを考えた。






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続く…と思います!