先程からグリモア片手にうんうんと唸っている私の契約者、佐隈りん子。
あれじゃないこれじゃないと一人でぶつぶつ呟きながら、眼鏡がずり落ちているのも構わずグリモアの文字に視線を走らせている。
これを3日後までに完璧に読めるようにしておくこと、それがアクタベ氏に課された今回の宿題らしい。



「なあなあさくう、わしが教えたろか〜?」

「いえ、ろくなことがなさそうなんで結構です」

「ひどい!さくちゃんそりゃ酷いで!わしは純然たる善意でなぁ」

「アザゼルさん、今日の仕事は終わりましたからもう帰っていいですよ」

「うわ!もう相手するのもやんなっとる!」



ぎゃいぎゃいと喚き立てるアザゼル君を華麗にスルーするスキルを身につけたさくまさんは強かった。
徹底的な集中力で、ちょっかいをものともしない。
ついに諦めたアザゼル君は、最後に彼女にとって最悪な捨て台詞を吐いたせいで、グリモアで殴られるに終わる。



「さくまさん」

「なんですか、ベルゼブブさんまで」

「私の知恵を貸して差しあげましょうか」

「…何を企んでるんですか」

「アザゼル君のようにお馬鹿であれば確かに頼ってもろくなことにならないでしょうが、」

「ちょっとべーやん!聞こえてまっせ!」

「私は大卒の成績優秀者ですよ。
さくまさんに損はないと思いますが」

「お…黄金はあげれませんよ」

「疑り深い人ですねえ」



やれやれ、と溜め息を吐きながらブブブと羽を鳴らして彼女の手元を覗く。
あまりにも行き詰まっているのを見かねた私の厚意を、こうも信用してもらえないのは癪である。



「…好物は魚の目玉、ですか」

「!そ、そうなんです」

「で、どこが分からないんです」

「あ、えっとですねえ」

「さくも大概にせえよ!べーやんが嘘吐くかもしれへんで!」

「もう、うるさいなあ…じゃあアザゼルさんも見ててくださいよ」



変なこと言ってたら教えてくださいねと。それを聞いたアザゼルくんはよっしゃ!とまだ繋がりかけの頭を押さえながら、さくまさんの頭によじ登る。
何だか無性に疎外されている気がして少しの羨望と、下らぬ嫉妬。
やれやれ、自分に溜め息を吐き出すと何を思ったのかさくまさんが此方を見て笑った。



「ベルゼブブさんはこっちに」

「…!」

「よかったら、どうですか」



自分の膝上を差してそう言う彼女。
私の気持ちを見透かされたような、羞恥と妙な高揚がじわじわと広がる。
此方の方が見やすいと思うんですけどと続けたさくまさんに、私はそうですねとゆるゆる着地する。



「…それで、どこでしたっけ」

「あーっと、ここです、この行から」



アクタベ氏がこれを見たら、きっとさくまさんは甘いと顰めっ面をするんでしょうね。
でも私は、この甘さを結構気に入っているのですよ。ええとても、不思議なことに。