(手塚×不二)あの頃は早く大人になりたくて仕方がなかった。大人になればなる程、ずっと手塚と一緒に居れるという幼稚な考えが育っていき、確信になると疑っていなかったから。しかし、幼稚な考えは所詮幼稚な考えでしかなかった。大人になればなる程、手塚とずっと一緒に居る、なんていうのは許されないのだ、と現実が、社会が、嫌という程教えてくれた。
分かっていながらも、僕と手塚はあらがい続けてきた。今は、口にこそしないが二人の間の暗黙の了解となっている。現実を語らず、夢物語を紡ぎ出すのが、僕にとっては心地好かった。
手塚がドイツへ行ってしまってから、早いもので3年が立とうとしていた。その間、手塚が帰国した時には必ず会いに来てくれた。でも、両手で数えられるくらいの数でしかない。僕はまだ学生の身であったため、会いに行こうとしても、いろいろなしがらみに邪魔された。部活やテスト、何よりも金銭面に。
けれど、そのしがらみから解放された、高校3年の何もかもが決まり卒業式を残すだけになった冬。僕は手塚に会うために今までアルバイトなどをして貯めたお金を全て叩いて、ドイツの地を踏みしめた。日本から持ってきた手塚の住所が書かれた手紙を片手に、親切そうな人を見掛ける度に拙いドイツ語で『どのようにしたら、ここへ行けますか?』と尋ねた。
訪ねることを繰り返し、陽が傾きかけた頃、ようやく手塚の住んでいるアパートの部屋の前に辿り着いた。今は不在かもしれない、等の不安はない。インターホンを鳴らせば手塚が出てきてくれる、と確信している。インターホンを押して、しばらくすると中から手塚の声。綺麗な発音に時の長さが感じられた。僕と手塚との冷たい隔たりがゆっくりとなくなっていく。
「……!ふ、じ?」
「えへへっ、会いたくなっちゃって」
一瞬、すごく驚いた顔をしていたけどそれもすぐに直ってしまって。少しつまらないと感じていたら、連絡をくれてもいいだろう、などと言いながら部屋に入れてくれる。この優しさは変わっていないな、と心の中で呟いてみた。
「結構きれいにしてあるんだね」
落ち着いた色で統一されていて、シンプルな部屋は当然のように片づけられていて。わざわざ僕がきれいなどという必要はないのだと思わせるようだ。
「まぁな。それより、紅茶でも飲むか?」
「うん、貰おうかな。ところで、何かする予定だったの?」
どこからともなく漂ってくる紅茶の香り。手塚は読書をするときや、パソコンを使うときには必ずと言っていい程、紅茶を片手にする。今回もその類だと思ったのだが、そっけなく、何でもない、としか返事してこなかった。
暫くして、紅茶が運ばれてきた。どれだけの時間が過ぎたのか分からないけれどお互い言葉を交さなかった。いや、交せないだけなのかもしれない。何を話せばいいのか、きっと分からないだけなのだ。僕も。手塚も。
「…ねぇ、これ以上大人になりたくない。どうしたらいいかな?」
「そ、れは…」
あ、今すごく困惑してる。何故なら、言葉に震えが含んであったから。珍しいな、なんて思いながら返答を待つ。この時間は長くてじれったいけれど、自分から催促する勇気もないからもどかしい。質問しなければよかったのかもしれないけど、今更撤回するわけにもいかない。
「分かっているとは思うが、仕方のないことだろう」
「うん。こうやって会えてるのだって、大人になった証拠だって知ってるさ。でも…」
「なんだ?」
「手塚、すきだよ」
大人になっても、好きな気持ちは変わらない。それだけは確かだと言いたいけれど、言葉がうまく出てこない。
「不二、誕生日おめでとう。愛してるぞ」
「え、……ありがとう」
唐突すぎる。手塚のくせにずるい。わざわざ今日が誕生日だから会いに来たなんて、言うまで知らないと思ったのに。でも、嬉しさは隠しきれない。
「…手塚、なんだか大人になるって、楽しいね」
愛してるの言葉が凄く嬉しくて、重みがあるからこその真実味があって。それが解るって酷く快感で。歳をとるのが決して悪い事だけでないと知った最高の誕生日になった。
今だった過去と今になる未来と
(今から、二人だけの夜が始まる)
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