小説 | ナノ
(不二塚)



随分前にもこんな事があった。夕焼けの河川敷を自転車2人乗りして、手塚の後ろで僕は5時半の音を聴いていて、後ろに後ろに流れていく景色と思惑のせいで僕は随分と下手な告白をした。その思い出だけで相当恥ずかしい毎日を過ごしてきたけどいつの間にか元に戻ったようだ。そもそも手塚は告白と気づいてないのかもしれない。あの日と同じ道をまた自転車に乗って、僕はまた手塚の後ろで5時半の音を聴いていた。

「前にもこんな事あったね」
「そうだったか?」
「覚えてないの?」
「覚えていない」
「傷付くなあ」

ごうごうと後ろに流れていく景色。僕はまた何かをしようとしている。けど両頬を通る風のせいで固い思惑は飛んでいく。ただ柔こい感情が胸の中に残ってる。(前もこうだった。)

「ちょっと止まってみようか」
「どうした?」
「だってほら、綺麗だよ。川がキラキラしてる」
「そうだな」
「せっかくだから」
「ああ」

5時半の音は頭の中で渦を巻いていた。ああだめだ。僕はさながら満月を見た狼男の様に沸々。少ししっとりした芝生に腰を下ろして、右隣に腰掛ける手塚に心臓の音はだだ漏れじゃないのかと思った。だけどそんな事もない様子で、小学生が数人水切りをしているのを「懐かしいな」と言って見ている。

「懐かしいね」
「昔はよくしたものだ」
「僕結構得意だよ」
「そうか」
「…」
「…」
「気持ちいいね」
「ああ」
「随分前にもこの河川敷通ったよね」
「そうだったか?」
「2人乗りして」
「…」
「確か、今と同じ時間だった」
「…」
「…」
「帰ろう」
「手塚」

立ち上がろうとした手塚の左手を強く引いた。バランスを崩した彼は倒されて、僕は手塚の視界から空を隠す。唇が触れる。一瞬肩は強張る。

「不二…」
「手塚」

夕日が沈み始めてぼんやり薄暗い刹那、僕たちはみっともないキスをした。川の方からはまだ子供たちがわいわいしていて、少し吹いた強風に自転車が倒れる音がする。肩を掴む手塚の手の平は汗ばんで、余裕など当にない僕は、ただ貪る様に口づけていた。

5時半の音は消えていった。子供たちの笑い声と風の音に混じった「好き」は川下に流れていった。「ありがとう」が聴こえたような気がしたけど、濁流の渦巻く頭の中は聴こえないふりをして、ごまかすように手塚を抱きかかえて立つ。しっとり濡れた背中を気遣うと、頬を赤くした彼は6時の音のなり始めた河川敷でキラキラとしていた。


100229
企画「F.B.I.」様に提出。ありがとうございました。

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