(塚不二)「ごめん、手塚」
昼休みの中庭の片隅、誰もこない秘密の場所。
向かい側に座って弁当を広げていた手塚に、不二は開口一番にそう言った。謝られる理由がわからないという顔をする手塚に、不二はしゅんとなって蓋をあけたばかりの弁当を見つめたまま、申し訳なさそうに言う。
「今度の休み、出かけられなくなっちゃった」
あぁ、そのことかと声をあげる手塚に、不二はさらに肩を落とした。というのも、今度の休み……2月28日に、不二の誕生日プレゼントを一緒に見て回る予定だったからだ。
なぜプレゼントを渡される相手と探すことになったのか。その経緯については1週間ほど遡る。
その日、たまたま手塚は教室移動中の菊丸と不二と廊下ですれ違った。その時菊丸が『そういえば不二の誕生日って今年もないんだにゃ〜』と言っていたのを聞き、よくよく考えると付き合い始めてからあまり恋人らしいことをしたことがなかったと思い返した手塚は、せめて誕生日プレゼントを送ろうと思ったのだが、今まで誕生日プレゼントなんて送ったことがないため、なにを渡せばいいのかわからず、結局不二に単刀直入に聞いたのだ。その時、どうせなら一緒に見て回りたいと不二が提案したのである。
部活を引退した上、卒業の準備が忙しくて最近は昼休み以外まともに顔も合わせられなかったこともあり、久しぶりに二人でゆっくりしたかったから出した案だったが、手塚もその案に乗ってくれたので、楽しみにしていたのだが。
「…そうか、残念だな」
「うん…」
いつもなら手塚とふたりきりでいられるこの貴重な時間はとても幸せでずっと話していたいと思うのだが、さすがに今ばかりはなんとも沈んだ気持ちになってしまい、自然と口数も減ってしまう。
(家族で旅行なんてことになるとは思ってなかったしな…)
予想外だった。まさか不二の誕生日と卒業前祝いを兼ねて、家族が不二に内緒で土日を使って1泊2日の旅行を計画していたとは。
(しかも準備もしっかりできてるし)
昨日聞いた話では、旅先で必要なチケットももう用意した上、めずらしく裕太も一緒に行くことになったらしく(裕太に言う前に裕太の分のチケットも取ってあるのだから、半ば強引にだが)、さすがに不二も他の人、つまり手塚と出かけるからとは言いだせなくなってしまったのだ。
「みんながそうやって僕のためにしてくれるのは、すごくうれしいんだけどね」
手塚―好きな人とせっかく一日中一緒にいられるのにと思うと、家族には申し訳ないが少し、いや結構残念である。
「だから…ごめん」
「謝る必要はない。家族は大事にしたほうがいいしな」
「ありがとう、手塚。でも……」
やっぱり、誕生日は手塚と一緒にいたいな。
困ったような顔で笑いかける不二が洩らした本音。付き合って初めての誕生日を、好きな人と過ごしたいと思うのは当たり前だから。
「…なんてね。そんなこと言われても手塚が困るだけだよね」
「……」
「それに、なんだかんだ言っても旅行楽しみなんだ。裕太と会うのも、お正月以来だしね」
たくさん写真撮って、お土産買ってくるからと笑って言うと、不二は気を取り直して弁当に箸をつける。料理上手な母親の作った弁当は見た目も中身も凝っていてとてもおいしかったが、残念ながら今は味もあまり感じないような気がした。それだけ気落ちしている自分に対して、不二は手塚とのデートを本当に楽しみにしていたんだなぁとしみじみと思う。
(でも、家族旅行が楽しみなのも事実だし)
さっき手塚に言ったように、たくさん楽しんでこよう。そして、たくさん土産話をしよう。
そう前向きに思った時だった。
「…っ!」
頭の上にぽんとなにかが乗り二・三度優しく撫でる感覚がして、え、と小さく声を上げる。突然のことにどぎまぎした不二は、なに、と驚いた顔をあげると、不二よりも驚いたような顔をした手塚が不二の頭に手を乗せたまま呆然としていた。
「てづ、か…?」
「……あ、すまない」
不二の声で我に返った手塚が、そう言って慌ててその手をひっこめる。
「どうしたの、急に…」
「…いや、気付いたら手が伸びていてな。悪かった」
「なんで謝るの?」
「それは…」
目線を下に向けて、めずらしく手塚がことばにつまる。不二はそんな手塚を不思議そうに眺めながら、あるひとつの考えに辿り着いた。
「……あの、さ。それって、」
探り探りで口を開くと、手塚が目線を上げて不二を見る。真っすぐな視線に気恥ずかしい気持ちを抱きながら、不二は言った。
「慰めようとしてくれた、ってことなのかな……?」
自分で言っててそれはないだろうとも思ったが、一度口にしたものは取り消せないし、なにより相手に聞こえてしまっている。不二は言わないほうがよかったかな、と若干後悔しながら、手塚の様子を伺った。
すると。
「……そう、かもな」
返ってきたのは肯定のことばと、手塚のやわらかく微笑んだ顔だった。
(うわぁ…)
滅多に見れない手塚に不二は知らず知らずの内に頬を赤く染める。なにも言えなくなりただ凝視していると、手塚は言った。
「不二の残念そうな様子を見ていたら、思わずそうしていた。きっと、不二の言うように慰めようとしたんだろう」
「……なんで、肯定しちゃうかなぁ」
手塚のことばに、はぁ、と不二はため息をついた。しかしそれは呆れからではなく、そういうのはずるいという意味合いでだ。
(急にそんなこと言ったり、頭撫でたり、笑ったり、手塚はずるい)
いつもは堅物で表情なんて無いようなものなのに、ふとした瞬間微笑んだり、普段は絶対しないこと(今の場合頭撫でたり)してきたりするから、それについていけなくてどうしたらいいのかわからなくなる。
そして、不二の胸をときめかせ、高鳴らせるだけ高鳴らせて、落ち込んでた気持ちさえ忘れさせてしまうのだ。
(まぁ、それは僕も僕だってことになるけど)
手塚が相手だとつくづく現金だな、と思って不二はくすりと笑う。そこで思い立った不二は、唐突に弁当を置いて手塚の隣に移動した。
手塚が不二の突然の行動を不思議そうに見ているのを感じながら、不二は手塚の隣に陣取ると、手塚の方にゆっくりと身体を傾けその肩に頭を乗せて、静かに目を閉じた。
「…ねぇ、手塚。もう一度さっきのやって?」
「不二…」
「誕生日、一緒にいられない代わりにするから」
そう言うと、手塚はなにも言わずにさっきと同じように不二の頭を撫でる。それが心地よくて、不二はゆったりと手塚の手のぬくもりを楽しみながら、これはほんとに誕生日の代わりになるなと思った。
(手塚がこんなことしてくれるなんて思ってもみなかったし、今日は手塚のいつも見れない部分もたくさん見れたから)
今日この時のことは、誕生日に一緒に過ごすことに匹敵するくらいの価値はあるような気がして、不二は思わずはにかんだ。
(なんか、幸せだな…)
「……は、」
その時、ふいに手塚の声が聞こえ、不二はなに、と聞き耳を立てる。すると手塚は不二の頭を撫でる手を休めずに、穏やかな表情をして言った。
「来年は、必ず一緒に過ごそう」
「え…?」
不二は思わずはっと目を開き、手塚を見上げた。
「本当…に?」
本当に、一緒にいられる?
半信半疑な不二の問いに、手塚は頭を撫でていた手を移動させ不二の肩を抱きながら、当たり前のことだろうと言う。
「俺たちは、恋人同士なんだからな」
「……っ」
手塚から発せられるそのことばに、ふわふわとした暖かい気持ちになり、自然と笑みがこぼれた。
(ありがとう、手塚…)
すごくうれしい。すごく幸せ。
そんなことばでは足りないくらい満たされた気持ち。
それを手塚に伝えたくて、不二は手塚の耳元に唇を寄せる。
そして。
「……じゃあ、絶対邪魔されないようにしないとね」
そう言うと、不二は不意打ちに手塚の頬にそっと唇を押しつけた。
*END*
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ここまでお読みくださりありがとうございます。いかがでしたでしょうか?
予定よりずいぶん話は変わった上甘くなりましたが、祝う気持ちはたっぷり詰め込んだつもりですので、少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
最後に、不二、誕生日おめでとう!
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