小説 | ナノ
(不二と越前)



ふじせんぱいおめでとう


僕の誕生日は毎年あったりなかったりする。そのことが小さい頃は嫌だったのだけど、最近は閏年だろうがそうじゃなかろうがどうでも良くなって、なんだか嫌な風に成長したなと思う。だって、『誕生日が来ないのが嫌だ』と駄々を捏ねていた方が素直で可愛らしいじゃないか?僕はそういう子供みたいな気持ちをいつまでも持っていたかった。

「へぇ、不二先輩の誕生日、2月の29日なんすか」
部室のカレンダーを見ながら越前がそう話し掛けてきた。部のスケジュールの他に部員の誕生日が書き込んであるそれは、2月に1日分の枠が追加されている。
「そうだよ」
「ふうん。今年はないんスね。ってことは祝うのは今日?それとも明日?」
「なに、越前祝ってくれるの」
僕がクスクス笑うと、越前は困ったような顔をして、「オレのとき祝ってもらったからね」と呟く。
「へぇ、期待してようかな」
「悪いけど、知らなかったから何も用意してないっス」
ああ、彼の誕生日には何をしたんだっけ。英二たちと家に押し掛けて無理矢理手作りケーキを食べてもらって・・・。最初はクリスマスイブなのに恋人のいない僕らの救済処置のようなもののために始めたのだけれど、あの越前が小さく笑って、一瞬嬉しそうにしたのを見て全員の顔つきが変わった。それからは『全力で越前を祝う』ことに力を注いだんだっけ。

「ふふ」
「何スか」
「君の誕生日のこと思い出したんだ。すごい喜んでくれたなって」
「・・・・」
「ね、やっぱり嬉しいもの?」
「嫌な思いする人はいないんじゃないですか?誕生日、って、特別だし」
ぶっきらぼうに言ってのけた越前だけど、それってつまり、嬉しかったってことだろ?
素直になれない後輩が可愛くて、僕はクスクス笑いを続けた。
「先輩は祝われるの嫌なんすか?」
「いや、そうじゃなくてなんていうか、あまり誕生日とか最近気にしなくなったなと思って」
「はぁ」
「昔はね、閏年になると2月29日が楽しみでしかたなくて、そうじゃない年は2月の終わりごろになると憂鬱だったりしたんだ。なのに、最近はそういう気持ちにすらならなくて、おめでとうと言われて初めて気づくこともある」
「・・・・・」
「僕は、誕生日が特別だっていう気持ちをずっと持っていたかったんだけどね」苦笑すると、越前が呟いた。
「それって、あんまり誕生日にいい思い出がないとか?」
「うーん、どうだろう。僕の誕生日って特殊だし・・・」
去年は友達にプレゼントをもらったり、家族でケーキを食べた。その前は閏年だったから部活のみんなに盛大に祝ってもらって、それより前は・・・・。
「いい思い出が無いわけじゃないよ。毎年祝ってもらってるしね」
「ふーん」
「でもそうだな、思い返すと、29日に祝ってもらうのと28日や1日に祝ってもらうのとじゃ僕の気分が違う」
そうだ、いまいち楽しめないのは僕が29日じゃないことを気にしているからだ。
「じゃあ、要するに、先輩も誕生日が特別なんじゃないっすか」
「え?」
「何大人ぶってんの?先輩、誕生日が2月29日なのが嫌だから、誕生日のこと考えたくないだけなんだよね」
後輩がにやりと笑う。
「まだまだだね」
お得意のセリフを楽しそうに言い放つ越前にちょっとだけムカっとしたけど、そこは頑張って抑える。彼の言っていることは正論だ。反撃とか、そんなのはちょっと子供っぽい。
「随分手厳しいね」
「だって先輩さっきから俺のこと子供扱いするし。自分だって子供のくせに」
・・・・・返す言葉もございません。



「先輩、何か欲しいものとかあるんスか」
学校を出る前に寄ったらしい自販機で買ったファンタを飲みながら、越前が聞いてきた。
「言ったらくれるの?」
「そうじゃないっスけど」
「『不二くんは寒い時期に生まれたからこんなにあったかい人なんだね』、とか言ってくれる可愛い彼女が欲しい」
「そんなの自分で頑張って下さいよ」
「それが無理だったら、心をあたためてくれるようなエピソードとか?」
生意気な後輩が吹き出して笑った。
「不二先輩、そんなに寒いんスか」
「寒い。もう3月になるんだから、もう少し暖かくてもいいと思う」
真面目な顔で呟くと、越前が何かを決心したように「先輩」と僕をよんだ。次の瞬間、背中にトン、と軽い衝撃。
「10秒だけっスよ。俺が先輩をあたためてあげる」
やけに近くから聞こえた声と、背中にじわじわと広がるあたたかさが、僕を満たして行く。
コートのポケットに何かがするりと入り込んだ。何だと確認する前に、越前が少し赤くなりながら失敗したという顔をして「誕生日おめでとうっス」と呟き走り去っていった。

ポケットの中に入ったあたたかいコーンポタージュの缶を見て、彼女なんかいらないかな、と一瞬考えてしまった自分がおかしくて、僕はそれから何度も思い出し笑いをしている。ああ、閏年じゃないけれど、今年は幸せな誕生日だ。



(あたためてよ/2010年不二先輩誕生日記念)
2010.2.29 ユウ

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