この場所に漂う特有の匂いは、いつも私を緊張させた。

私の武器である腕の治療の為。

負傷した仲間のお見舞い。

それから、彼が大怪我をして帰ってきたとき。

ツンと鼻につくアルコールの匂いを嗅ぐと、そんなことばかり思い出されるからかもしれない。



本当は来るはずじゃなかったのに。
等間隔で並べられた椅子に腰を下ろした私は、適当に取った雑誌を膝の上で広げた。


何日か前から体調の悪い日が続いていたのは確か。
でも、ちょっと軽い風邪が長引いているだけだと思っていた。

そんな私に怖い顔をした彼が「予約はしてある」と診察券を突き付けたのは今朝のこと。あれはもう脅迫とかの一種だと思う。

まだまだ家ですることがあったのに。
と言っても今日私がしたことと言えば布団を干して取り込んだくらいなんだけど。

お日様の光をいっぱい浴びてふかふかになった布団って本当に気持ちが良くて。ちょっとだけのつもりが、その……心地好く寝てしまったのだ。
目が覚めると時計の短い針が裕に二周はしていて本気で驚いた。

何だか最近、寝ても寝ても寝足りない気がする。

彼と一緒にベッドに入っていても、いつの間にか眠ってしまっている。話したいことが沢山あるのに気付いたら朝になってることが多い。

もしかして彼の声がいい子守唄なのかも。

低くて落ち着いてて、よく通る彼の声は私の体にすっと染み込んでくる。
そうなったら最後、私の身体は何の障害もなく眠りの世界へと旅立つのだ。

昨夜だって何の話してたかしら。
えーっと、確か……。



「――さん、」


誰かを呼ぶ声に反応して顔を上げると壁に掛けられた時計が目に入った。

もうこんな時間……!
今日の夕食を何にするか考えないと。


「日向さん。日向テンテンさん」

「あっ!はい」


もう何度も呼ばれたらしく、診察室の入り口で大きな声を上げて名前を繰り返す人。

私は大慌てで立ち上がって診察室へ向かった。


……そうだ。私のことなんだ。
あぁどうしよう。すごく幸せかも。

それが私の一部となってから随分と経つのに未だに馴れない。つい先日も宅配物のサインを書き間違えた。
その度に彼は「しっかりしてくれよ、奥さん」なんて似合わない冗談を言ってくるのだ。もちろん、私が恥ずかしがるのを見越した上で。

けれどもこんな些細なことが、どうしようもなく私を幸せにさせる。

いつもどんな時でも、大きな彼の愛情が私を包んでくれている。柔らかくて暖かい羽に埋もれて、窒息してしまうのではないかと思うくらいに。


「どうぞ、日向さん」


カーテンの向こうから聞こえる声。
きっと診察はすぐに終わるはず。あんな顔して心配性なんだから。


そうだ、今日の夕食には南瓜を出そう。
それから嫌な顔をしているであろう彼に「どこも悪くないよ」って言って大笑いしてやろう。









テンテン妊娠ネタ^^
先生はサクラでわざと日向さんって呼んでからかってるっていう細かい設定




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