「あー、ついてない……」


差し出した手に滴がポツリと落ちる。
テンテンの呟きは、雨の音に掻き消された。

見計らったようなタイミングで降り始めた雨は止む気配が無い。
これは何かの嫌がらせだろうか。せっかく任務が終わったところなのに。

小さく爪先で地面を蹴って。

次に顔を上げると目に入った濃紺の傘。
それと、揺れる黒い髪。


「ネジっ!」


大きく名前を呼ぶと小走りに駆け出す。

足元をパシャパシャと水が跳ね上がった。






「ついてるわよねぇ、私」

すごいタイミングだもの、とテンテンはご機嫌。

隣を歩く彼は何も言わない。

擦れ違う人の中にはぴったりくっついて歩く男女の姿もあり、何故かネジの目を奪った。
もしかして自分たちもそういう風に見られているのかとか、知り合いに見つかれば面倒だとか、そんな思いが心に浮かんでは消える。

雨は依然として降り続けていた。
黒く分厚い雲が太陽まで隠している所為で、辺りは既に暗い。

「ねぇ、ネジ」

沈黙に耐えられないのか、テンテンが静かに彼の名を呼んだ。いつもより遠慮がちな声が雨に溶けていく。

「何だ?」

「雨ってどうして降るか知ってる?」

思いもよらない問いにネジの白い瞳が瞬きを忘れ、思考が一瞬停止する。

それから少しの間を置いて、彼が口を開いた。


「それは…地上にあった水が蒸発して雲に」
「ちょっと。真面目に答えないでよ、夢がないわね」

ぴしゃりと否定されてはネジは何も言えなかった。そもそも自然現象に夢を求めるなんて、彼としてはどうも理解し難い。

言葉が見つけられず考えあぐねるネジのことなど気にも止めず、まっすぐ前を向いたままテンテンが話し出す。


「雨が降るのは雲の上で神様が泣いてるからなんだって」

「神様?」

「そうそう、涙が雨になるんだって。こんなすごい雨だもの、きっと号泣してるのね」

「どうして神が泣く必要なんかあるんだ?」

「さぁ?」

「さぁって……」

多くの通行人と擦れ違うのに、お互いの声がはっきりと聞こえた。
まるで雨のカーテンが2人だけの世界をつくっているようにも感じられる。


「世の中には悲しいことが沢山あるからかしら」

「それを高い所から見て嘆いているのか?無力なものだな」

「仕方ないわよー。誰にだって泣きたい時くらいあるもの」

苦笑めいた笑みを浮かべて答える彼女とは反対にネジは何故か真顔で。
テンテンは少しばかり首を傾げた。

「……お前にも、あるのか?」

「え?」

真ん丸になった茶色い目がネジを捉える。
じっと見つめてくるのは綺麗な白い瞳。まるで全て見透かれそう。


「お前も泣きたくなる時があるのか?」

「そうねぇ、あるかもね。でも、そんな時はさ……」

ふわりと甘い香りがネジの傍を漂ったかと思えば、テンテンとの距離が先程よりも近くなり。
下から覗き込んでくる表情に何故か胸の高まりを覚えつつ。


「こうやって、今みたいにネジが傘貸してくれたら嬉しいかも」


「傘くらい、いつでも貸してやる」


その笑顔が太陽みたいだと思ったのは、誰にも内緒の話。










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