ザーザーと降り注ぐ雨音がくたびれた山小屋で虚しく響く中、僕はただただ呆然と立ち尽くしていた。
最悪だ。今日は完璧な一日になるはずだったのに、どうしてこうなったんだ。
自分が人よりもちょっと運が悪いとか、影が薄いとか、そういう事を多少なりとも自覚しているから予め準備をしておいたのに。よりにもよって今年一番の不運を今日発揮しなくてもいいじゃないか。

隣で名前が持っていた手ぬぐいを差し出している。僕は彼女の顔を直視することなく静かにそれを受け取った。落胆しているであろう顔などどうして見ることができる。僕は沈んだ気持ちで雨に濡れた身体を拭きながら今日一日を思い返した。


名前と一緒に町へ出掛ける約束をした前日、寝過ごしたりしない様早めに床に就いた。約束の日を楽しみにしていた僕は明日着る物を枕元に置く周到ぶりで、藤内からはまるで明日を待ちきれないとばかりに浮かれる子供のようであると評された。……実際その通りであったので反論できるはずもなく。しかしあえて言い訳させて貰うなら、恋仲になって二人で初めての外出だったのだ。失敗しない様細心の注意を払うのは己の体質を抜きにしても当然の事だと主張したい。

前日でさえこの通りであったので、当日の計画についても万全を期していた。まず町まで降り昼食を摂る。場所は左門から教えて貰ったおいしいと噂のうどん屋だ。次に小物屋を見て回る。彼女が新しい櫛を探しているのを知っていたので、予め彼女が好みそうな物に目星をつけ、彼女の反応を見てからプレゼントしようと思った。甘味処によって休憩した後、夕焼けと共に綺麗なひまわり畑を観賞して帰路に着く。
下調べも勿論した。うどんは噂に違わず美味であったし、ひまわり畑の開花状況の確認にも余念はなかった。今朝の空模様だって快晴そのもので、問題は無いはずだった。
しかし、実際はうどん屋は臨時休業中であったし、いくつか見繕っていた綺麗な櫛も全て売却済。甘味処は盛況過ぎて散々待たされた。そして、現在ひまわり畑に向かう道中で突然の大雨に見舞われ、偶然見つけた山小屋で雨宿り中である。この雨脚じゃあ、今日ひまわり畑まで到着することは難しいだろう。それどころか無事に忍術学園に帰る事すら怪しい。

散々だ。どう良心的に考えても最高の一日とは言いがたい一日となってしまった。どうしてこんなに頑張ってもこんな結果になるんだ。


「数馬」


考え事をしながら落ち込んでいたので、呼ばれて反射的に彼女の方を振り向いてしまった。見ないようにしていたその顔は楽しそうに、でも少し困った様に笑っていた。


「ちゃんと拭けた? じゃあこっちの土間で話でもしながら小雨になるまで雨宿りさせて貰おう」


ぽんぽんと名前は自身の隣を軽く叩いた。僕は申し訳なくて、とても座って楽しくお喋りといった気持ちにならなかった。動かない僕を不思議に思ったのか、彼女はこちらに歩み寄ってきた。


「どうしたの? 体調悪くなった?」
「今日はごめん。色々散々な結果になってしまって……」
「そんなこと! 私は楽しかったよ」
「……」


グッと拳を握る。本当の本当に最悪だ。いや、ここは最低だというべきか。僕がこう言えば、彼女から「大丈夫」と返ってくるのは想像できていたはずだろう。自分の罪悪感から逃れたかっただけの謝罪に、彼女は想像通りに微笑んでくれていた。いつもは心安らぐはずのその笑顔を見ても僕の心は晴れなかった。


「わかった。納得出来ないみたいだから正直に言うよ。多分数馬が気にしているうどん屋とか雨とか、そりゃ少しは残念だなぁ〜とは思うけれども、あんまり気にしてないんだ。だってまた来週でも来月でも来年でも……いつでも一緒にいけるじゃない?」


ハッとして顔を上げると、手足をもじもじと交差させながら、恥ずかしそうに視線を落とした名前がいた。


「だから、えっとね。私が笑っているのはね。数馬が落ち込んでいるからなんだ」
「え?」

「ち、違うの! 意地悪な気持ちで言ってるんじゃなくて! ほら、そんなに落ち込んでるって事は、数馬もこの外出を楽しみにしてくれてたのかなって。そう思ったら嬉しくて」

「……」
「あ、えっと……そう、雨! ほら雨止んだみたい!」


そう言い残すと顔の赤い彼女はパタパタと戸に近づいて行く。釣られるように目を向けると、あんなに激しく降っていた雨は嘘みたいに上がっており、青々とした木々には綺麗な雫だけが残っていた。









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