はあ、と私は蛸壺の中で息を吐いた。ぼんやりと考え事をしていたら足元への注意を疎かにしてしまい、落ちてしまった。五年生になったと言うのにとても情けない。しかも受け身が上手く取れなくて足を捻ってしまって穴から出ることは叶いそうになかった。
 見上げると、丸く切り取られた、雲一つないとても綺麗な青空が目に映る。もう汚れているし、と土が制服に付くのも構わず土壁に背中を預けて空を眺め続けると、ふわふわとした色素の薄い髪を揺らし、この蛸壺を作り出した本人が顔を覗き込ませた。彼は、おやまあ。と言葉を零す。

「名字先輩だ。珍しいですね」
「少し、考えごとをしててね」
「ふぅん。出ないんですか」
「足を捻って上がれないの」

 ずきずきと痛む足首を撫でつける。綾部くんは僅かに目を見開いた。ふわりと彼の髪が揺れる。彼は暫し逡巡したあと、お馴染みの踏鋤を私に差し出した。

「え?」
「掴まって下さい。手が届きませんから」

 確かに蛸壺は深くて、綾部くんが手を伸ばしても届きそうにない。だからといって私が掴まっても引き上げられるとは思えない。いくら綾部くんの腕力が目を見張るものだとしても。
 それに私はお世辞にも軽い方ではないから躊躇われるし。でもそんなことは言ってられないのも確かである。肩とか脱臼したりしないよね、と思いながらそろりと踏鋤に捕まった途端、少しの浮遊感を憶える暇も無く地上まで引き上げられていた。
 温い風を浴びながら、私はぺたりと地面に座り込み浅く息を吐いた。引き上げるにしてもあんな一息だと思わなくて、男女の差なのかな。綾部くんは眠たそうに欠伸を噛み殺した後に私へ手を差し伸べた。

「保健室まで運びます」
「え、そんな大丈夫だよ。歩けるよ」
「嘘言わないでくださーい」

 手を引っ込め、しゃがみこんだかと思えば軽く、私の足首を握る。触るだけでも痛むのに握られるなんて堪ったものではない。ずきん、と激痛が足首に駆け巡り思わず顔を歪めた。ほら、と綾部くんは呟き、今度は足首に触れないよう私の膝裏と首に手を回す。そしてふわりと、何時でもないかのように表情を少しも変化させずに医務室の方向へ爪先を変えた。顔のすぐ近くには綾部くんの顔が近くてとても照れる。

「あ、綾部くん!?」
「はーい?」
「あの、降ろして……?」
「だぁめです」

 先輩、歩けないのに無理しないで下さい。そう言葉を紡ぎ歩みを止めようとしない。私は瞠目する。彼は、正直そういう気遣いに対して無縁と感じていた。照れなんて忘れて彼の顔を見つめる。綾部くんはきっと視線に気付いているのだろうけど前を見据えたまま。

「綾部くん」
「はい?」
「ありがとうね」

 本当は、お礼なんていう立場ではないけれど。本当は、怒らなければいけないんだけど。ふ、と空を見上げる。先程穴の中で見たものよりもずっとずっと広い青空。この空に免じてあげましょう。落ちなければ、こんなに今日の空は綺麗だって、気付かなかっただろうから。








青空に融解






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