colorless | ナノ


硝子の心臓



 愛が足りない。レフ・スディバーがそんなことを言って、なつの背中にぐいぐいと自分の背を押しつけ体重をかけていく。本を呼んでいたなつは、最初困ったように背後を窺っていたのだが、自身より体格が良く背の高い彼に徐々に押し潰される形になって、うぅと呻く。
 苦しげな呻きを耳にして、レフは首を反らしなつの頭を自分のそれで圧した。彼の髪の毛先が彼女の首筋を擽って、思わず笑みが零れる。非力なりに全力で抵抗し、何とか顔を上げたなつは振り向けないまま背中越しに背後の男へ声をかけた。

「スディバー大将、どうかしたのですか?」
「あ? ああ、だから、愛が足りないんだよ」

 言い聞かせるようにわざとらしく神妙な面持ちでそう言うレフだが、しかしなつはその言葉にぴんとくるものが無く、困った顔で首を傾げる。愛とは何か、またその定義は、などと哲学的なことを考える気はないが、今重要なのは彼の求める“愛”が何なのかである。大人の男でありながら時折幼い少年のような一面を見せる彼との付き合いは決して長いとは言い切れず、知らないことの方が多い。しかし憎からず思い慕っている上司を、このまま放っておけないというのがなつの本音だった。

「愛…あい?」
「そうだ、愛。なんだなつ、くれるのか?」
「ええ、と」

 直接見えずとも、今レフがにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべたのだろうということは分かる。ふと背にかかる重みが無くなったので、なつは床に手をつき振り向くと、同じように振り向こうとしていたレフの固い黒髪を、失礼しますと前置きしてからそっと撫でてやった。
 一瞬きょとんと双眸をを丸く見開いたレフは、やや緊張した表情でぎこちなく口元を緩ませるなつが膝立ちになって己の頭を撫でていることを理解するのに数秒の時間を要した。

「………、なつ?」
「ええと、…愛、してみました」

 不思議と、悪い気はせず、レフはふっと息を逃がすようにして笑みを零し目を閉じた。自身よりもずっと小さな手の感触は頼りなく思えるが、形容し難い心地良さがある。

130204.
たかまごさん宅大将お借り!
Title by にやり