骨の髄まで
(口にした“ごめんなさい”も、絞り出した“さようなら”も、ねえ知っているかい。全部嘘なんだ。君に嫌われたくないんだ。嫌われたくないけど、気持ちだけは嘘をつけなかったんだ。僕は君に嫌われただろうか、きっとそうだろう、ねえ僕を嫌いでいいから泣かないでよクライブ、自惚れかもしれないけど僕のために流す涙なんて勿体ないよ。僕は誰かに泣いてもらえるほど立派な存在じゃないんだ。だからお願い、泣かないで。いつもみたいに笑ってみせて)
胸の内で渦巻く思いを一つも口にすることなく、マナはその指先でクライブの頬を伝う涙を掬った。閉ざされた唇からは何も生まれなかったが、彼の涙で濡れた指だけが、マナの気持ちをほんの少しでも伝えてくれたのだろうか。
ひくり、喉を戦慄かせ、クライブは自身の袖で頬を乱雑に拭う。正面から向き合うと、マナがクライブを見上げ、クライブはマナを見下ろす形になる。背伸びして相手に追いつこうと思うのは果たしてどちらか。それは互いにのみぞ知る事。
ただ、届かない、と思うのは何もクライブだけでないというのは確か。マナは静かに目を閉じて、高い位置にある彼の湿った頬に触れた、触れてみた。泣きたくなるほど心地良い温かさを持った頬。自分の立場など忘れて縋ってしまいたくなる温度。二人とも何も言わずにいると生まれる静寂の中で、鼓動の脈打つ音すら聞こえそうな気がした。
「……クライブ」
そっと、陶器をテーブルに置くような、落ちつきを持った声で、マナが彼の名を呼ぶ。
クライブは目を合わせることで返事の代わりにした。そしてほんの少しだけ驚く。マナは先刻までの出来事が全部嘘だったみたいに、柔らかく微笑んでいた。ほろほろと流れるクライブの涙を拭うでもなく手の甲に伝わせて。
「このまま、二人でどこかへ逃げてしまおうか」
「……マナ」
「なんて、ね。冗談だ。一生懸命に頑張る君を、僕なんかが邪魔をしてはいけない。僕は頑張っている君を見ていれば充分だったんだ、それなのにどうして、こうなってしまったんだろう」
「マナさん、俺」
「クライブは僕を好きになって後悔しているかい。僕はね、最低だって思われてもいい。不思議なことにまったく後悔なんかしてないよ」
君を好きになったことも、君に好かれたことも。
そう言って口元を綻ばせるマナは、いつもの彼よりもずっと少年らしく、幼く、クライブの目に映った。
ぎゅ、とクライブは唇を噛み締める。震えの止まらない喉の奥から、掠れた声を絞り出す。
「俺は、後悔なんか、」
ほんの短い言葉だけで呼気を使い果たしてしまい、クライブはもう一度、深く息を吸い込んだ。
「後悔なんかしてない!!」
喚く子供のような、或いは助けを求める悲鳴のような。クライブは涙を散らして思いの丈を吐き出した。そのまま勢いに任せ、彼はマナの両肩を掴む。痛いくらいの力を無意識とは言え込めているのに、マナは緩く微笑んだまま顔を歪めたりしない。それが酷く不安を掻き立てて、顔をくしゃりと歪めたのはクライブの方だ。
「俺はッ、マナさん、マナが誰より、好き、だ、好きなんです。さよならされたって、フラれたってずっと、好きだ」
「………ばかだなあ、クライブは。さよならなんて、出来ないよ、やっぱり」
マナが初めて俯いた。そう言った声は、クライブのそれと同様に震えていた。自分のものより大きな手に自身のそれを重ねた。伝わる体温は、ひんやりと冷たい。だけどその感触は確かに生きている人のもの。
「ねえ、クライブ」
そっと、クライブの背に回した両腕。弱々しい力加減は、まるで縋っているかのよう。
否、無意識ではあったが、マナは縋っていたのだろう。愛を欲して誰からも愛を貰えなかった“愛”は、今初めて其れを手にできるかもしれない。手にしたら、二度と、離したくない。そう思うのは道理。誰だって愛されたいのだ。自分だけに向けられる愛が、誰だって欲しいに決まっているのだ。マナも例に漏れず、それを欲しがっている。
「もしも僕が君を愛したら、君も僕を愛してくれる?」
当たり前だ、と叫びたかったクライブは、それでも大きく頷いて、マナを強く抱きしめた。それだけで充分だった。
(愛が欲しかったんだ。僕が一人占めしても赦される愛が。それが誰かを、君を傷つけたら、僕も同じだけ傷つくよ。だからお願いだ、笑ってみせて。僕を、僕だけを愛してみせて。僕も君だけを愛するから、お願いだよ、クライブ)
fin.
120117.
みなみ様宅クライブくんお借り!無駄に時間かかってごめんなさいクライブ君愛するんだ!これから!いちゃいちゃしようね!!
マナは誰より愛されたがりだったり。だからこそのマナ←クラなんじゃないかなと推測。クライブくんを幸せにしますさせて頂きます。
title by 水葬