colorless | ナノ


相打つ花冠




 ねぇ、聞いて、仁夏くん。―――仁夏。

 僕はどうしても、君を前にすると、言葉を飾れないんだ。





「日下さん、これは?」

「橙也でいいよ」


 明日田仁夏は、差し出されたそれを手に首を傾げる。対する日下橙也はと言えば、いつも通り、分厚い瓶底眼鏡の奥に表情を隠し、口元だけは緩く弧を描いている。そんな彼を推し量ることなど、誰にも出来ないと仁夏は思った。今だって、自分が手にしている小箱が何であるのか、予想もつかない。ただ、膝の上に招かれたかと思うと渡されたのだ。
 可愛らしくも高貴なようにも見えるそれを見詰め眉を顰めていると、ぽん、と頭の上に手が乗った。仁夏はその手が好きだ。自分のものよりも大きく無骨で、人を守りたいと伸べられる手。本人はそんなことを言わないけど、彼女は誰よりも、日下橙也という人の傍にいるから、知っている。知りたかった。だから知った。

 そっと自分の背を橙也の胸に預けて、仁夏は自分を見下ろす彼を仰いだ。相変わらずその瞳は見えないが、優しく微笑んだ口元は、「開けて御覧」と促す。
 その言葉に従い、彼女は素直に箱を開けた。存外軽い力で開くその箱の中で、光るものに目を奪われる。ああ、と、掠れた吐息が零れた。喉が引き攣って上手く息を吸い込めないでいる。きっと柄でもなく瞳が潤んでしまっているに違いない、思いこみでなければいい、そうでないという確証は無いが、心のどこかで確信していた。仁夏の知る日下橙也という男は、そういう人間なのだ。
 俯いた彼女の顔を無理に窺おうともせず、頭の上に置いた手がゆったりと上下される。それが余計に涙腺を刺激するのを、彼は知っているのだろうか。悔しくて恥ずかしくて照れ臭くて、彼女はきゅっと唇を噛んだ。



「僕はね、仁夏くん。君が僕を好きになってくれてとても嬉しかったんだよ。そりゃあ最初は部下として君を見ていたけどね、一生懸命な君を見れば見るほどとても可愛い女の子だと思えてきた。僕を選んだ君が不幸になるのは、嫌だよ、僕だって男だから、一人の女の子を幸せにしてあげたいっていう願望がないわけではなかった。ただ、僕を選ぶ女の子はいないと思っていたから、そこだけは計算外だったなあ。それで、僕も僕なりに考えたんだ、どうすれば君を幸せに出来るのか。考えた、一年考えても、これしか思いつかなかった。逆に言えば、これしかなかったんだろうねえ。人生の墓場、って言うかもしれないけど、僕はそれでもいいと思ってる。例え墓場でも、君と一緒なら陰気臭くも何ともないだろう? それで、その、何というか、上手いこと言えないんだよ、君が僕の飾らないことばをどう思うかは分からないけど、言わせてほしい」


 時折間を置いてはいたものの、仁夏は一杯一杯で、相槌を打つことも出来ずにいた。橙也は静かに語る。優しく、穏やかな、兄のように父のように。
 だけど彼は仁夏にとって兄でも父でもない。たった一人の、大切な人。

 それは橙也にとっても同じこと。彼は眼鏡をはずすと、厚い前髪を掻き上げる。人相の悪い三白眼を露わにして、しかしその双眸はどこか情けなく細められていた。愛しい人を抱く腕に少し力が籠る。守りたいのだ、何に変えても誰よりも、自分よりも。
 小さな彼女の手に手を重ね、耳元に唇を寄せて、ひとつ息を飲んでから、囁いた。




「仁夏、一生のお願いだ。僕と結婚してください」




 ぽたり、と。

 堪えに堪えた彼女の涙が一粒、きらきらと光る銀色の輪に零れ落ちる。




111213.
一周年少し遅れてしまいました、が!夜叉゜様宅明日田仁夏ちゃんお借りしました!

thanks by 水葬