忘却誕生日
「すっかり忘れてたんだ」
「うん、あたしも忘れてた」
渡暮斗と緑川翼、二人は新聞部の部室で顔を合わせながら茫然としていた。二人が一様に忘れていたもの、それは、暮斗の誕生日。バースデイ。生まれた日。彼は聞かれなければ自分の誕生日を大っぴらにはしないが、それは決して謙遜から来るものではない。正直あまり気にすべきことではないと捉えているからだ。
その誕生日を興味本位で聞きだしたにも関わらず翼はそれをすっかり忘却していて、もう二週間以上も後になってから気付いたのである。
気付かされた切欠は、これだ。
「……何か、すっごい立派な万年筆」
「俺も、そう思う」
「…使うの?」
翼が僅かに眉間を狭くしながら暮斗に尋ねてしまうのも仕方がない程度には立派な万年筆。暮斗が包装を開封している所で翼が興味を持ち、この贈り物の意図を尋ねたのが彼の誕生日を気付かされる切欠となった。
使うのかと尋ねられ、暮斗は暫く万年筆を眺めながら指先で弄ぶ。くるりと一回転させたところで、翼が小さく声を漏らすのを聞いた。落としたりでもしたら大惨事だ。だがペンを使った手遊びはもはや癖というよりも習慣なので、彼自身どうしようもなく思っている。
くるりくるり、一応までに気をつけながら万年筆を回し、この贈り物をしてくれた彼女に思いを馳せる。正直、驚いた。まだ自分の誕生日を覚えていてくれるとは思ってもみなかった。
思えば幼稚園の頃から一緒だった。あの頃は愛ちゃん、暮斗くん、と呼び合う仲だったのに、いつからか周囲を気にして、阿久津、渡くん、だなんて呼び合うようになっていた。時期は考えずともあからさまに思春期の出来事だ。健全過ぎる自然な流れの一環だった。それでも疎遠になることはなく、今もこうして同じ学校に通いながらそれなりに仲良くやっている。口に出すのは気恥ずかしいが、大切な友人だ。男女に友情が有り得ないなどと嘯く輩を論破してやるだけの自信は、少なくともあった。
「使うに決まってる。使わないで埃かぶったら、くれた奴に失礼だろ?」
暮斗はくすりと笑って、早速ノートにペンを走らせた。
「あーくーつ!」
「ああ、渡くん。部活終わったん?」
「まぁな。お前も、お疲れさん」
校門の前で声を張りながら駆けていくと、愛が振り返って僅かに表情を和らげた。互いに部活帰りに一緒になることは多々あれど、意図的にその姿を探したのは随分久し振りのことに思える。暮斗は早速本題を切り出した。
「阿久津、今日くれた万年筆のことだが」
「うん、気に入ってくれた?」
「滅茶苦茶気に入った。ありがとうな、俺も忘れてた誕生日をお前が覚えててくれるなんて俺マジでびびった」
「ほんまか、よかった」
「大事に、使うから。本当にありがとう」
「止してや、そんなに礼言われるとくすぐったいわ」
困ったように眉を下げた愛に、暮斗は尚も笑いかける。
その、言葉は、唇から自然と零れていくのだから、彼にはどうしようもなく、止めることなどできない。そもそも止める必要などないのだ。
「ありがとうな、愛」
数年ぶりに口にしたその名を、聞き間違いかと、無表情を崩し目を見開いた愛が、何度聞き返しても彩度暮斗が口を割ることはなく。あとは昔の、幼い頃のように、ころころと笑いあうだけだった。
fin.
111021.
如月乙夜様宅阿久津愛ちゃんお借りしました。プレゼントの件が嬉しかったので突発的に…!これからもいいお友達でいてください、愛ちゃんも乙夜様も大好きです!!!あと暮斗ちゃんと祝えなくてごめんおめでとう(笑)