colorless | ナノ


仕事中毒者

 ぱん、と手のひらを打ち合わせる音がした。
 ジルクスが顔を上げて音のした方を見ると、青髪の男が、顔の前で両手を合わせて瞑目しているところだった。少年にも青年にも見える彼は、静かに唇を開く。

「ごちそーさまでした」

 右側だけ覗く瞳の、髪と同じ青が、ふとジルクスの視線に気付く。食事を終えた清掃員、空は、ぱっと顔を輝かせて立ち上がった。歩く度揺れる三つ編みが、犬の尻尾のようにも見える。その名の通り空色の髪を持つ彼が駆け寄ってくるのを、ジルクスはどこか別世界の景色を眺めるようにして見ていた。

「よう料理長さん! 今日も美味かったぜ、飯、ごちそーさん」
「そうか、お前はいつも大喰らいだな。腹は満たされたのか?」
「そりゃもう元気いっぱいよ。お陰さまで今日もお仕事に勤しめそうな次第でございます」

 ふざけた態度で恭しく頭を下げて見せる空。今日はその青い頭の上にバケツは無い。流石に食事中は仕事道具を私室に置いている。ジルクスもまた、今日は鍋ではなくコック帽が頭上に乗せられていた。

 一見性格が正反対に見える二人だが、互いに仕事中毒者として何か通じるものがあるのだろう、所内では仲がいい関係だ。
 お喋りな清掃員と寡黙な料理長が、煙草を咥えながら仲良さげに会話しているというのは何とも奇妙な光景。一方的に喋っているかと思えば実はそうでもないのだから、それも驚くべき点である。

 だが、今は、片や食後、片や職務中。二人とも煙草こそないが、その間に漂う空気は決して悪いものではなかった。

「じゃあ料理長さん、俺これから仕事だからもう行くよ。あんたたちが気持ちよく料理できるように頑張らないとなぁ」
「おれが料理に集中できるのは空のお陰でもある。感謝しよう」
「いえいえ、これが俺のお仕事ですから」
「ならば、おれの仕事はお前に精の付く食事を用意することだ」
「よっしゃやる気出てきた、夜にまた来るぜー!」

 小さくガッツポーズをして走り去っていくその背中は、まるで少年のよう。
 それを見送ったジルクスの口元が、緩く綻んでいたのを、もし空が見ていたなら心底喜んだだろうけど。自身で気付いてしまった彼は、自らの手でそれを覆い隠して、数秒後には元の無表情に戻っていた。

 さて今日の晩は何を作ろうか。きっと所内の掃除を終えてへろへろになっているだろうから、好きな食べ物でも喰わせてやるべきか。そうすればまた顔を輝かせて素直な喜びを露わにするに違いない。
 空の好きな食べ物といえば―――

「……オムライス、ハンバーグ、カレー、炒飯、シチュー、…………此は俗に言う、」


 子供舌。

 ジルクスはふっと吐息を逃がすようにして、もう一度だけ笑うと、厨房へ戻っていった。



 



fin.
110911.
清掃員と料理長さんのお話!一見正反対っぽい二人ですけど仲良しさんだったりします。職員で仲良くなったのジルクスさんが初めてじゃまいか…ということで、霖日さん宅ジルクス・ウォールドナイトさんお借りしました!!