colorless | ナノ


ぴぴぴ電波





 頭がそれはもう鮮やかなピンク色で、首回りがもふもふしてて、王冠だかティアラだかきらきらしたのを頭に乗せていて、言動に一貫性が無いというか何を言っているのか理解しがたい上級生。意味が分からないにも関わらずやたら女子力高い彼の、名前をあたしは知らない。
 たまたま部室で、暮兄と二人になったから、何となくその人の特徴を話して、知ってる、て聞いてみたら、長い間が空くこともなく、ああ、と思い立ったらしい声があった。まじか。


「3-Cの伊達蔵之介じゃないか、いつも目ェ閉じてる奴だろ?」

「うん、多分。頭ピンク?」

「ドピンクだ」

「……暮兄って何でも知ってるねぇ」

「褒めても何も出さねーぞ」


 新聞部の情報力もすごいけど暮兄個人の情報網も相当だと思う、あたし知ってるんだ、この人黒革の立派な手帳に色んな人の個人情報とか書き込んでるんだよ、こわいこわい。
 まぁどんな理由であれ、あたしはあの人のクラスと名前を知った、知ったからどうなるってわけでもないけど興味があっただけで、特にどうこうしようと考えてはない。一応頭のメモ帳にメモっといた。

 取りあえずここでするべきことは終えたので、データの入ったUSBを暮兄に渡して、今日は早々に帰ることにする、食事当番だし。司はまだ生徒会室にいるのかな。
 じゃあ部長また明日、そう言って背を向けようとしたんだけど、「おい翼」呼び止められて仕方なしに振り返る。
 死んだ魚みたいな暗い目があたしを見据えていた。


「あいつ、伊達のことだが、あまりいい噂を聞かない。気を付けろよ」


 あんたはあたしのおかーさんか。その噂とやらには興味が湧かなかったので、あたしは適当に返事をして部室を出た。







 その人は神出鬼没。校門の前に仁王立ちして空を仰いでいた。何かの電波でも受信しているのかもしれない、あたしの好奇心が騒いで、素通りするなんてことはできなかった。


「ねー先輩先輩、伊達蔵之介さん、伊達さん?蔵さん? まぁいっか蔵ちゃん、君のそのもふってしたやつ触らせてよ今度マカロンあげるからさ、ねぇお願い!」

「誰かに名前を呼ばれた気がする。誰?」

「あ、あたし緑川翼、よろしく。それとこの前はお世話になりましたどーも」

「ちょっと待って、今俺天の声聞いてるから三分待って」

「カップラーメンかあんたは」


 名前が分かった所でこの人は相当な電波だ。想像通り何かの電波受信してたっぽい、できればそんな想像当たってほしくなかったんだけど。
 けど何でかこの人見てると毒気抜かれるっていうか憎めないっていうか、見てたいんだよね、面白いし。

 なのであたしは三分間、少し離れた所から、空を仰いだまま微動だにしない彼を眺めていた。

 鮮やかなピンクの上で夕日を照り返す王冠、もしかしたらどっかの国の皇子だったりして。何だそのファンタジー展開。いつでも閉じられているらしい瞼。その裏側はどんな瞳をしているんだろう、何を見ているんだろう。あたしと違う世界が見えてるかもしれない、そうだったらやっぱり面白い。もふもふしたファーみたいな奴、夏なのに熱くないのかな。すらっとして見えるけど、近づくとそこまで身長が高いわけじゃないから親近感が湧く。この前頭の上に乗った手は武骨で大きかったけど。

 多分、きっかり、三分間。
 それあ終わると、受信タイムを終えたらしい蔵ちゃんが、ゆっくり深呼吸していた。


「蔵ちゃんは何を、見てたの?」


 静かに、こちらを向いた顔、やはり瞼は閉じられていて、何を見てたのなんておかしな質問だ。
 でも彼は、人差し指を立てて、真上に腕を上げて、空を指差して言った。



「夕日が、綺麗じゃないですか」



 ぴぴぴ。似合わないくらい風情のある電波を受信してしまって、あたしは思わずぷっと吹き出した。

 彼の言うとおり、夕日がきれいだ。鮮やかなピンクが、焼けるような橙色に飲み込まれてしまいそう。
 あたしが空を見上げていた時間も、きっと三分間。その間蔵ちゃんもまた、空を仰いでいた。見えてる世界は、同じだと思っていいのだろうか。あまり聞く勇気はないけど、取りあえず夕日が綺麗だからいいってことにしておこう。



fin.
110821.
片想いの切欠みたいな感じみたいな。AFROさん宅伊達蔵之介くんお借りしました!