鼓動に革命
「赤羽さん、俺です。クライブですけど、何スか、用事って」
クライブは三つ、扉を拳で叩いてから、その向こうにいるだろう赤羽マナに声を投げかけた。「うん、」どこか弱々しい相槌が返され、暫くの静寂が続く。
呼びだしたのはマナの方だった。彼がクライブを、訓練が終わってからとある教室に来てほしいと、端末で伝えたのだ。
「赤羽さん?」扉越しにマナが居るのは分かっているのに、何も言わずにいる。訝しげに眉を顰め、クライブは躊躇いがちにだが呼びかけてみた。
扉に、何かがごつりとぶつかる音がした。
マナが冷たく硬い扉に、額をつけて項垂れていた。
「クライブ……さん、このまま…聞いてほしいんだけど、いいかな」
「あ、ハイ!俺、赤羽さんの言うことならなんだって…!」
クライブは彼なりに、必死だった。件の出来事から気まずさを感じていて、しかしマナの方はいつも通り接してきて、それが余計に苦い思いを生んだ。
期待するだけ無駄だと、そう思ってしまった方が楽だと、四苦八苦が始まろうとしていた矢先のことだ。二人きりになるのは、その一件以来。
マナは扉に額を付けたまま、伏せていた目をゆるゆると開く。けして薄くはない扉が二人の間を隔てているのに、今クライブがどんな表情をしているのか分かるような気がして、反射的に口元が緩んだ。
もうずっと認めていた。
それでも楽になれなかったのは、口に出すことをしなかったから。
そうしてしまえば楽になった、だけど同時に同じくらい苦い思いをかみしめることになる。何故ならマナが、彼自身が作っていた壁を、自ら壊すことになるのだから。
彼なりの処世術だった。
自分と、他人を、切り離して、深い接触を拒むのは。
マナがやっとこさ弾きだした、苦肉の策だったのだ。
だけど
堤防はとっくに
壊
れ
た
「…僕はね……クライブ…君が好きだよ……」
「は……?」
「言わないつもりだったんだ……知っていたさ、君の気持ちなんてずっと前から気付いてた」
力のこもらない言葉であるはずなのに、確信を持つ声だった。
マナの瞳は虚ろだが、確かに壁の向こう側にいるクライブを見据えている。
「はは、笑えよ。君が望もうが望むまいが、君はずっと僕の特別だった。ただの指導係だったはずなのにね、笑えるだろ?っはは」
乾いた笑いが、クライブの耳には泣いているように聞こえた。「赤羽さん、」呼びかけながら扉を開こうとするが、鍵がかかっているらしく簡単には開きそうにない。がちゃがちゃと、無機質な冷たい音がマナの笑声を飾った。
まだ笑いが収まらないまま、マナは少し、扉から離れる。必死に扉を開こうとしているクライブを想像すると、申し訳なさとほんの少しの嬉しさが込み上げた。
「ごめんねクライブ、僕は駄目な指導係だ。それでも僕は、一個人として、クライブを好きだよ。きっと君と同じ気持ちだ。ごめんね」
「赤羽さん、謝らないでくださ…っ!」
「ごめんクライブ、本当にごめん、それじゃあ、さよなら」
「赤羽さん…!?」
マナの気配が遠ざかるのがクライブには分かった。いよいよ扉を開こうと躍起になる彼は、手を使って開けることを諦め、扉からある程度の距離を取る。
床を蹴り駆け出し、飛び上がり、身を捻りながら遠心力を加えた一蹴。鈍い音を立てて扉は外れた。修理費と責任を考えるのは後にしよう、というわけでクライブは軽やかに着地し、閉ざされていた教室へと踏み入った。
目に入るのは、窓から身を乗り出し今にも逃げ出そうとするマナの背中。彼は振り返ることなく窓枠を蹴って、追ってきたクライブから距離を置くことを優先しているようだった。
「待ってください、赤羽さん、赤羽さん!!」
追い縋ったクライブの手は空気を掻き、マナに触れることは叶わなかった。
「マナ……ッ!!」
絞り出すように呼んだその名の持ち主が、血を滲ませるほど唇を噛み締めていたことなど、クライブは知らない。
fin.
110129.
みなみ様宅クライブくんお借りしました。sssの奴をせっかくなのでこっちに持ってきただけですみませんでした。
title by にやり