colorless | ナノ


伸びた前髪





 今考えると私は海軍に配属されるまで、BACKという組織に身を置く理由は特に無かったように思う。薄れていく記憶の特に深い奥底へ刷り込まれた、自分がハーフであるということ、ハーフはBACKという組織に所属することが出来ることを建前にして、ただそこにいたのだ。それ以上の理由もそれ以下の言い訳も持っていないので、他人との関わりを極力避け軍学校では俗に“優秀”と呼ばれる成績を残し続けた。この流れに身を任せていれば、そのうちあの人に会えることもあるかもしれないという考えも全く無かったと言えば嘘になる。だけど私は、恐らく愛称である『スーニャ』という呼び名しか知らなかった。だからもうほとんど諦めていたのだけれど。

 運、と呼んでもいいものかどうか。私が配属された海軍の大将は、レフ・スディバーさん。親しい人には『スーニャ』と呼ばれていて、つまり、そういうことだ。



 会ってどうするかを考えていなかったことを後になって私は気付く。私の事を覚えていてくれた彼を前にして、出てくるのはどこまでも事務的な台詞。感謝の言葉は社交辞令。心からの言葉はいくら探してみても見つからず、作ることも出来なかった。それは大将に限ったことでもなく、その他の上司、同僚、後輩。誰に対しても上手く話す事が出来ず、目すらも合わせられない。これが人との接触を避けてきた結果であり、私はそんな事実に背を向け前髪で視界を隠した。

 こんなにも未熟で若輩者であるにも関わらず、私は今中佐という地位にいる。今でもその肩書きで呼ばれる度に何かの間違いじゃないかと思ってしまう。全部夢なんじゃないか、とか。
 何かひとつでも間違いを犯せば全て崩れ去ってしまいそう。それが私の世界に対する認識。軍人の端くれである私がこんな考えを持っているだなんて、周囲に知られたら後が怖いので墓場まで持っていくつもりでいる。


 簡単に言うと私は、臆病なのだ。言葉を交わせば、視線を交えれば、培ってすらいない関係が壊れてしまうのではないか、などと。(人の命を奪うことには臆病でないくせに)どうしようもなく消極的な私は、周囲がとても友好的な環境の中で、これからも今まで通り人と深く繋がる事をしまいと決めた。
 いや、決めていた。

 そんなことは、我らが大将が許してくれなかった。


「おー中佐。ちょいこれ頼んでいいか?」


 結合部隊海軍を束ねるスディバー大将は、お世辞でも何でもなく器の大きな男性で。私に対しても例に漏れず、他の隊員と同じように、友好的だった。そんな風に接されたのは初めて――いや、彼にこの名を与えられた時以来。
 胸の辺りが温かくなった。大将の為なら、何でも出来る。この身を賭しても惜しくないと、そう思えるようになるまで時間はあまりかからなかった。前髪の隙間から見える大将の背中はいつでも大きかった。その背中を、おこがましいかも知れないけれど守れるくらいに、強く、なりたいと思った。私がここにいられるのは大将のお陰で、私がここにいる理由も大将。彼を言い訳のように使うのは望ましくないけど、私の中の理由はもうきっと、覆ることはないだろう。

 憧れと尊敬。私は大将の背を追う。追いつきたい。だけど横に並びはしなくていい。ただその斜め後ろで、彼の身をお護りして、降りかかる火の粉は払って、別に振り向いてくれなくたっていいのだ。私が、そこにいたい。傍に、いたい。


「なつ、お前もっと笑った方がいいぞ。そっちのが可愛いって」

「………了解、です…?」


 大将は私が命令に逆らわない事を知っていて、悪戯にそんなことを言いよく茶化す。そうやって偶に振り向いたかと思うと、彼は気紛れに背を向けまた別の場所へ歩き出す。私の手がどうしてか大将の背に触れようと動いたのは一度だけではない。そんな時は必ずと言っていいほど、温かくなったはずの胸が痛かったり、もやもやしていたり、とにかくいい気分でないことは確かだった。
 私は一体どうしてしまったのか、一度健康診断でも受けるべきかと考えている最中にも、この目はいつの間にか大将の姿を探していたり、意味もなく眺めていたり。
 仕事に集中しなければいけないのに、私の目はいつの間にこんな自分勝手になってしまったのか。

 だけど何となく、前髪を伸ばしておいてよかったかもしれないと思った。
 暫くは切らないで、このままにしておこう。


fin.
10.0831.
たかまご様宅レフ・スディバー大将お借りしました。か、片想いぷま…いです!あああああ許可してくださってあざます!中佐押さないからどうにもならず/(^o^)\ナンテコッタイな状態になると思いますけど、まぁ何より俺得ry 自重ログアウトしてすみませんでした!まごしゃん本当にありがとうございましたDAISUKI!

title by にやり