colorless | ナノ


顔のない月




 彼は自分を犬に、僕を月に例えた。僕を探してずっと走ってた、出会う運命だったんだ、って。何て答えていいか分からなかったけど、もしも僕が月なら、彼を迷わせたりしないように道を照らすって約束した。でも僕は月みたいに綺麗じゃない、輝いてもいない、誰の力を借りても光ることのない日陰の人間だ。言ったはいいけれど僕が彼を導くなんてこと出来るはずもなかった。それに気づいた僕は必死に自分が出来る事を探した。せめて何かひとつでも役に立てることがなければ“嘘”になってしまうから。嘘なんて付きたくない。特に、あの人には。
 夜も寝ないでたくさん考え一生懸命探した、僕が出来ること。それは彼の盾になることだった。
 もちろん物理的な意味でだ。正直僕には彼の心に寄り添うことが出来ても支えになれるかどうかと聞かれれば自身は無い。だけどその代り、外部からの直接的な障害から守る。彼の身に降りかかる火の粉、彼を傷つけようとする人の手から守るため、僕が盾になる。それなら出来る。それしか出来ない。
 これで少しでも僕が必要とされるなら、僕としては喜ばしい。それで失うものは何もない。だって僕なら火の粉が降りかかろうと熱さを感じない。誰に傷つけられようと痛みを感じない。多少血を流すことにはなるかもしれないが、それだけで彼が喜んでくれるのなら僕は十分だ。

 それだけで幸せなんだ。








 目を開けると視界がぼやけていた。いつの間に目が悪くなったんだろう、いつも暗い部屋で本を読んでいたからかもしれない。ついでに視界が狭く感じられて、左側の目が上手く開いてないらしい。その視界の中に、彼が、ビリーさんが映る。上から僕を覗きこんでいるようで、どうやら僕は仰向けに横たわっているらしかった。
 よく見ると、ビリーさんは目尻に透明な液体を溜めて僕に何かを叫んでいるようだ。なのに僕の耳は静寂から何の音も拾わず、どうして彼が僕の目の前で泣いているのか理解できなかった。ぼぅっとして思考もままならない頭で、ただビリーさんが泣いているという事実を受け入れた僕は、指で涙を拭おうとした。なのにこの腕は上がることなく、ビリーさんの瞳から涙が溢れて僕の頬に落ちた。当然だが僕はその涙が温かいのか冷たいのかも分からない。
 腕が動かないのは不思議だがせめて泣き止んでほしくて、ゆっくりと口を開き息を吸い込むと、ひゅ、と掠れた音がした。


「   な ィ   で 」


 あれ、どうしてだろう、本当は「泣かないで」と言いたかったはずなのに、喉が引き攣っているようで声が上手く出せなかった。話すのが久し振りなわけでもないけど、次の瞬間、喉が千切れそうな感覚に陥り僕は酷く咳き込む。何故かビリーさんの頬を赤い飛沫が点々と汚した。もしかして、彼は怪我をしているのだろうか。
 ビリーさんは何かを言いながら僕の頬に触れた。視界に入った手が赤く汚れていく。そうか、つまり僕が汚れていて、その汚れがビリーさんに移ってるんだ。駄目だよビリーさん、僕に触ったら汚いよ。触れる手から逃れたいのに体は動かず、声で制止しようとしても唇の間から漏れる声は意味を持たない音節ばかりだった。一体僕はどうしたんだろう、何も感じないとはいっても段々自分の状態に不信感を覚えて必死に目を下に向けた。

 白と黒の囚人服が、赤黒く湿り気を帯びて汚れていた。その汚れには見覚えがある。血だ。僕は血塗れで、恐らくそれは僕自身の血液だった。どうしてこうなったのか、自分でもその記憶はないけれど、僕に縋るようにして涙を流すビリーさんを見ていれば何となく分かってしまった。僕の為に泣いているビリーさんを眺めていると、自然と口元が綻ぶ。丁度その時目が合って、彼は大きく目を見開き驚きを露わにした。
 申し訳なくは思う。貴方のその気持ちを、僕は嬉しく感じてしまっている。最低だっていうことが分かっていても、嬉しく感じる気持ちは隠しきれなかった。


「死なないで、お願いだから……!」


「僕はあんたがいないと駄目なんだ」、幻聴みたいに都合のいい声が聞こえた。分かってる。僕はもうすぐ死ぬんだ。頭の中でへきが凄く痛がっててもう動けそうにないって言ってる。左側の目と肺と、喉が潰れてて、お腹の辺りなんてぐちゃぐちゃだと。つまり僕もへきと同じだけの痛みと傷を負っているということで。うん、分かってる。何も感じなくたって自分の事は僕がよく知ってる。もう、助からないだろうって。
 生まれてから死ぬまで外界からの刺激を拒絶し続け、その所為で普通の生き方が出来なかった僕。良い人生だったと胸を張って言えるわけではない。両親はずっと前に僕を捨てたけど、こうして僕の為に涙を流してくれる人がいるのって凄く幸せなことだ。走馬燈、というものがあるけど、僕は見ない。何故なら一番大切である記憶のビリーさんが目の前にいてくれるから。そして、最期も彼が看取ってくれることになるだろう。いや、そうであると願いたい。


「ね、ぇ、死なないでよ………あお、い……っ!」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔。震える唇で、滅多に呼んでくれなかった僕の名を読んでくれた。僕は糸が切れたように体から力が抜けて、途端に瞼が重くなった。それを持ち上げる気力すら無くなって、暗転。あとはもう暗闇。その中でただただ記憶の中の貴方を探していた。


 痛みは最初からない。なのにどうしてだろう。

 ビリーさんのそんな表情が僕の見る最後のあなただと思うと、胸の辺りがとても苦しくて痛くかん じ  た ん   だ  。



fin.
10.0807.
ユエ様宅ビリー・ウルフマンさんお借りしました。ちょっとばくはつしてきまs\どーん/敢えて語る事はありませんけど一つだけ言うならこれはパラレルな話です。BADEND的な。すみません08が絵茶で暴走して碧の屍骸描いたからこうなりました。もう一度言いますパラレルです。ユエさん、こんな自己満足にお子さん貸してくださりありがとうございました!

title by 濁声