colorless | ナノ


店主と狩人





 母の遺したお菓子屋を継いで早三年。オレは若造ながらにやり手の店主及び社長として大陸中とは言わずとも、みなわの国で名を馳せたり馳せなかったりしている。来る客はガキが主で、偶にその親御さん。店主としてはそれなりだと自分では思っているが、いかんせんオレは自覚出来るほどの無愛想だ。何でこんなに客が来てくれるのか、不思議に思うことも少なくない。愛想笑いって何だそれ上手いのか。


 話は変わって、最近よくウチの店にくる客がいる。オレは人の顔を覚えるのが得意ではないのだが、そいつのことはすぐに覚えた。何故ならそいつ、彼女は、真赤なハンターの服を纏っていたから。間延びした雰囲気とは裏腹に、巨大な斧を振り回して戦うのだと風の噂で聞いた。
 名をアルコという彼女はハンターとして帝国に勤務しているにも関わらず、よくこの“DOLCE”に顔を出すのだ。そんなわけで今日も、アルコは俺の視界の隅でチョコレートコーナーを物色している。ふわふわと柔らかそうな色素の薄い髪が揺れていた。

「ランちゃーん、こっちのホワイトチョコレートは新商品ですー?」
「あー……ああ、先週発売の奴だな」

 アルコは何故か俺を「ランちゃん」と呼ぶ。以前ロランと呼ぶよう訂正したのだが、聞く気がなさそうだったので以来訂正は諦めている。件のホワイトチョコを手にこちらへ歩いてきた彼女の、金色の瞳はいつも通りおっとりとしていたが、どこか輝いているようにも見えた。そうしているとこどもっぽく見えるのだけど、実年齢はオレと同じであるそうだ。
 そういえば彼女が手にしていたチョコレートはオレ監督で直々に工場へ出向いたのだったな、とどうでもいいことを思い出し、差し出された代金を確かめてカウンター越しに釣銭を手渡す。

「…まいどあり、」

 釣りをアルコの掌へ落そうとした瞬間、それごとオレの手が掴まれる。
 咄嗟に引こうとしたが流石斧を扱っているだけあって、軟弱な一般人であるオレには振り解けそうもないなと感じた。
 取りあえず何事なのかと、オレは相手の顔色を窺う。恐らくその時の俺は非常に不機嫌な顔をしていたと思うが、それに対して何故かアルコはゆったりと、いかにも彼女らしい笑顔を浮かべていた。

「ボク、知ってますよー」

 オレは咄嗟に「何を」と聞き返すのだが、その時どうしてか何か大切な事を忘れているような気がした。いや、大切でもないどちらかといえばどうでもいいことで、むしろ一生思い出さなくてもいいような、一時の気の迷いですらあるような。
 ふと視界に入るのはカウンターの上のホワイトチョコレート。そう言えばアルコが初めてこの店に来た時に買ったのもホワイトチョコレートだったような、気がする。

 やっぱり言わなくてもいい、と声に出すよりも、彼女がオレが出してほしくない答えを言葉にする方が早かった。


「このチョコ、ボクのために作ってくれたんですよねーぇ」

「…………………まさかそんなワケ、」

「やっぱりランちゃんって優しいですぅ」

 ああ思い出した、思い出してしまった。そう言えばこの前言われたんだっけか、『ホワイトチョコレートの新作期待してますぅ』みたいな感じのこと。オレは『忘れなかったら考えとく』だかそんな風に答えて、結局忘れられず直々に工場へ出向いてしまったなんてそんな馬鹿な話。クソ、馬鹿だろオレ。なんでこんな客一人のために動いたんだ馬鹿だオレ。

「オレを揶揄いに来たならさっさと出ていけアルコっ」
「ふふ、あなたならボクのこと、ルコって呼んでくれても構いませんよぅ」
「誰が呼ぶかさっさと行け!」
「はぁい。また来ますねー」

 一応店主として、二度と来るなとは言えず。何も答えない内に、カランカラン、と扉のベルを鳴らしてアルコは出て行った。去り際、ホワイトチョコレートに唇を寄せてオレに手を振っていたのは見なかったことにしようそうしよう。

 ガキの相手よりもアルコの相手の方が疲れる。眼鏡を外してカウンターの上に置き、深いため息を一つ。もう今日は店仕舞いしてしまおうかと思っていると、扉のベルが鳴る。「いらっしゃい」と声をかれば、「お邪魔するぜー」とどこかで聞いた事のある声が返ってきて。何だか非常に嫌な予感がして即座に眼鏡をかければ、そこにいたのは、我らが国王リリィ陛下その人だった。
 一国の主が布切れ一枚腰に巻き、オレみたいな奴が経営する下々のお菓子屋に来ているという事実を頭が受け入れたくないようで卒倒しそうになる。だが何とか理性が働き、でもやはり愛想笑いって奴はオレには無理だったようで、いつも通り無愛想な声音で「どうぞごゆっくりご覧ください」と畏まってみることしかできない。

 やっぱりアルコの相手してた方がずっと楽だったかもしれないってことに気付いたオレは、やっぱ相当の馬鹿だろう。今なら思える。


「戻って来てくれ………ルコ…」


 ため息交じりの掠れた言葉は、陛下の御耳に届かなかったようで何よりだ。



fin.
10.0801.
醴様宅アルコちゃんとリリィさんお借りしました。いや何か色々申し訳なくなってきましたが、以前の絵茶ネタを元に書いてみました。アルコちゃんいつでも遊びに来てね!みたいな。リリィ陛下は完全なる友情出演なんですが…はいすみませんでした。拝借許可くださってありがとうございました、企画運営応援してます!