colorless | ナノ


箱庭の楽園





 かつかつかつ、と冷たい足音が二つ。その後ろからぱたぱたと軽い足音が追いかけてきて、段々近づいてくる。

「あははっ」
「待ってよにーにー!」

 監獄という場所にあまり相応しくないような幼い声が聞こえて、碧は微かに驚きを覚え振り返る。と、同時に紫と青が視界の下を通り過ぎた。後ろを追うのは看守で、この時間帯からして声の持ち主は患者だったのだろう(囚人が表に出られる時間は限られているから)。運動場に向かう道なので、もしかしたら顔を合わせることになるかもしれないが、碧は特に気にすることなく、外で読むつもりだった本を抱え直して歩き出した。



 運動場に差し込む光は少なく、空を見上げれば曇天だった。今にも雨が降ってきそうな雲。本を読むには適していない環境だったが、今更部屋に戻るのも気が引けたので、碧は地面に座る。それに今、彼の視線の先にはあまり見慣れない風景があった。仲のよさそうなこどもが二人、駆け回って遊んでいるのだ。紫の髪と青の髪を持つ、そっくりな顔をしたこども。多分双子と思われるその二人が、先刻視界を掠めた何かの正体だ。
やはり場に似つかわしくない風景を眺めて碧が薄く微笑む。青い髪のこどもと目が合った気がした。右が緑、左が赤の双眸が、確かにこちらを見ていたのだ。

 少し驚いて、碧は慌てて目を背け本を開く。幼い頃に読んだことがあるような気がしたが、せっかく用意してもらったものに文句を言うわけにもいかない。それにもう一度読み返しても後悔しない、面白い本だったような気がする。
 僅かながらに心を躍らせながら、目次の頁からぱらりと一頁を捲る―――。


「おにーちゃん、何してるの?」

 ぬっ、と。本の向こうから顔を出したのは、紫色の髪を持つこども。ほんの一瞬前まで離れたところを走り回っていたはずなのに。碧は咄嗟に応えることが出来ず、沈黙の最中に遅れて顔を出したのは青い髪の片割れだ。そちらは本の表紙を気にしながら、もう片方、つまり紫髪のこどもの、囚人服の裾を引っ張った。

「ね、にーにー。このねこ長靴はいてるよ!」
「ほんとだ。ねこなのに何で長靴はいてるんだろ」
「すごいねこなのかなぁ」
「不思議だね! おにーちゃんどうして?」

「え?」

 突然話を振られて、やはり碧は答えられない。きゃっきゃとはしゃぐ二人は、内心慌てている彼の様子に気付く事なく、その周囲に纏わりついた。

「ボクはレム・トゥルーディっ!」
「ラム。ラム・トゥルーディ」
「「初めましておにーちゃん」」

 両側から同じ顔が同じ表情で自己紹介をする。外見で違うところといえば髪の色だけで、レムと名乗った方が紫の髪、ラムと名乗った方が青い髪。聞くのも野暮と言うところだが、碧は一応までに「君達は双子?」と首を傾げる。すると二人は揃って首肯した。

「ボクたち双子!ね、弟!」
「ふたごだよね、にーにー」

 レムが兄でラムが弟。弟の方が少しばかり大人しいように感じる。二人の掛け合いに若干慣れてきた碧はあまりこどもと接した経験がなかったが、緩く微笑を作って双子の頭を撫でてみた。すると彼らはきゃっきゃと喜び、次は自然に笑みが零れた。

「あ……僕は碧だよ。この本に興味、ある?」

 ぱっと顔を輝かせるレムとラム。そこが地面であることも気にせず、二人は碧の両脇に座り込もうとする。

「碧おにーちゃん!長靴のねこの本読んでくれるのっ?」
「ボクも聞きたいなー!」
「ん。それじゃあこっちおいで」

 碧が自らの膝をぽんぽんと叩くと、双子ははしゃぎながらその膝へ座った。
もしも自分に弟がいたならこんな感じなのだろうかと、碧はどこか嬉しさを感じて、今度こそ本を開きその文章を声に出して読み始める。


「むかし、あるところに、三人むすこをもった、粉ひき男がありました―――」


 久し振りに本を読んでもらうからなのかそわそわしていたレムとラムが、話の内容に引き込まれるまで、あまり時間はかからなかった。
 本を読み終わる頃には、また別の本を用意して貰って、次もこの子たちに聞かせたいな、と。碧はそう思って、最後の頁を読み終える事が出来た。まぁ双子の反応が気になって、気付いた時には既に、二人は彼に凭れかかってすやすやと眠りに落ちてしまっていたのだけど。それはまた別の話だ。



fin.
10.0724.
夜叉゜様宅トゥルーディ兄弟お借りしました。なんかこどもに本読んであげるシチュってよくないですか、という願望から生まれたお話。申し訳ないね。長靴をはいた猫です。何故これだったかは何となくに決まってるじゃないですか!ちなみに夜叉゜さんと双子くんは俺の嫁ryすみません黙りますすみません。拝借許可ありがとうございました!

title by 虫喰い