colorless | ナノ


夜に歌えば







 竹に短冊七夕祭り 大いに祝おう

          蝋燭一本ちょうだいな



 どこからともなくそんな幼い声が聞こえてくる。この夜ばかりはこどもの親も外出を許す、ただし最低でも一人は同伴者となる保護者が必要になるが。かくいう俺も昔は紅や友人と一緒になってあの子たちと同じように夜の街を歩き回った。ちなみに同伴者は白兄。この夜だけはずっとこどもたちのターンなのだ。
 何と言っても今日は七夕。唄の内容は蝋燭一本となっているが、現代ではお菓子が貰えてしまうというこどもにとってはどこまでも美味しい行事。笹を飾った家を見つけては、玄関口であの唄を歌う。そうすれば住人が出てきて、浴衣を着たこどもたちにお菓子を渡すという寸法だ。まぁ、昔は本当に蝋燭一本だけだったらしいけどね。更に遡ると、この行事の由来は彦星と織姫がどうたらこうたら。働きものだった二人が恋愛にかまけてサボり魔になって怒った神様だか誰かが天の川の対岸に二人を引き裂いて一年に一度だけ再会できるのが七月七日つまり今日この日の七夕ですっていう。確か掻い摘めばそんな感じなはず。

 とにかく、俺も小さい頃はお菓子貰えて凄くはしゃいだ記憶があるなぁ。特に飴玉とか、昔から大好きだったし。


「あ、いたいた灰ちゃん」

「紅…っ?」

 馴染みのある声に振り返れば、ノックもなしに俺の部屋に踏み込んできた紅。紅はいつもこの時間帰ってきていないことが多いのにどうして。
 何事かよくわからないでいると、いつの間にか紅が目の前にいて、俺に対して二つの色とりどりで鮮やかな花束を差し出していた。紅と俺は髪の色以外瓜二つだとみんな言うけれど、俺は紅ほど綺麗に笑ったことなどないように思う。

 で、だ。俺はいくら考えてもこのタイミングで花を渡される意図が分からない。どうしたものかと彼女の顔を凝視していると、俺よりもあちらの方が驚いているんじゃないかというくらい、何というか、その、非常に間の抜けた顔をしていた、ような。

「えーと…灰ちゃん、今日はなん日か分かってるよね?」
「ああ…うん、七夕だろ?」
「違わないけどちょっとハズレかな、びっくりだよ」
「?」

 彼女が言わんとしていることはまだ分からなかったが、ただ、俺は奇妙な事に気付く。今までてっきり花束だと思っていたそれは、棒付き飴の束だった。その量は軽く半年分はありそうな感じ。小さい頃七夕参加した時だってこんなに貰えなかったのに。
 今はもうこんな飴が簡単に手に入ってしまう歳なのかと考えると、若干切ない気持ちになった。



「灰ちゃん…誕生日おめでとうっ!!」

「―――――あ、」


 そう言えば今日は誕生日だったっけ。正直そんなの全然覚えてなかった。思わず口元が緩みそうになった事に気付いて、俺は顔を逸らし窓の外を眺めた。またどこかから聞こえる七夕の唄。もうそろそろそれも聞こえなくなるような時間帯だ。
それまでにはちゃんと振り返って、言わないと。「俺の誕生日を覚えていてくれてありがとう」、ってさ。



fin.
10.0707.
灰は無頓着だからきっと自分に対してもそうなんじゃないかな。というわけで灰おめでとう。