colorless | ナノ


時おり迷ふ




 すき、すき、好き。私はよく好きという言葉を口にする。身内にも、他人にも、もちろんあのお兄さんにも。自覚はしているし、偶に灰ちゃんにも指摘される。その時私は必ず「好きなものを好きって言うことの何が悪い」みたいな感じで誤魔化す。そう、好きだから、すきって言うんだ。あの人と同じ。同じ。

 あの人は私を叩いたり殴ったり蹴ったりした後、時折痛いくらいに抱き締めてくることがあった。ある意味直接的な暴力よりも苦しいその行為を続けて、彼女は言うのだ。『ごめんね紅痛かったわねごめんなさいあなただけじゃないの母さんも悪いのあの時あの人と一緒に死ねなかった私たちが悪いのいい紅あなたは悪い子だからお母さんと一緒にいるのよお母さんも悪いお母さんだからあなたと一緒にいるのねぇ紅愛しているわ好きよすき大好きよ私たちの愛しい子』声は酷く無機質で力も弱くならないのに髪を梳く手は優しすぎて私にはそれがとても怖くていつも動く事が出来なかった。でもそれならどうして普通に愛してくれないんだろうと考えて、幼いながらもすぐに答えは出た。
 お父さんが死んでしまってから母が壊れたのは、見ていれば、と言うよりも一番近くにいた私が良く分かった。そんな母に疎まれながら愛された私の“好意”はやっぱり普通ではないのだろう。


 自分が良く分かっている。私が口にする「好き」という言葉の中身が空っぽでどこまでも虚ろであること。意味なんてなくて、知らずに使っていること。そう、私はそれを知らない。
 誰か教えて好きってなに。本当は分かりたくなんてないし誰も好きになんてなりたくないんだって、私は心の底でそんなことを思ってる。だからこんな気持ち、自覚するといつも吐きそうになる。私が誰かを好きになるなんてきもちわるい。それは本当の好意なんかじゃない。ただの、自己満足。言いたいだけ言いたいだけ。そう言ってすきっていう気持ちを錯覚したいだけなのごめんなさい。
 やっぱり気持ち悪いや。誰かを好きになるなんて私には不相応だよね。かっこよさげに言うと愛し方なんて知らない。


 怖いんだ。私がそうされたように相手をあの人と同じような愛し方しか出来ないんじゃないかって考えると。普通なんて知らないんだって思い出す度に。“そう”するであろう自分の姿を考えては自己嫌悪に陥って髪を全部引き千切りたくなる。とにかく自分がそうなってしまうのが怖くて気持ち悪くてこわい。考えれば考えるだけ自分を嫌いになれる。何て便利な思考回路。




 そんなこんなで、私は今日も元気にやってます。



fin.
10.0705.
紅が自分を嫌いな話。彼女はポジティブでネガティブ。行動面に関しては軽いけど胸の内は無意識のうちにどろどろ。書いてて母親がどこぞの姑獲鳥に似てきたのは内緒。それでも紅はお母さんに“普通に”愛して貰いたかっただけ。

title by 濁声