colorless | ナノ


人間辞めた





(なぁ、俺戦場に出るよ。お前はここで待ってろ、戦うのとか苦手だろ。でも俺は出来る。いいか、絶対に戻るから、必ずだ。そうしたら、俺は  と一緒 に   ・・・…―――)



 黒は甘くて苦い紫煙と共に過去の思い出を吐き出した。煙草はある意味逃避と癒しの為に嗜んでいる。ただ癒されると同時に、その煙と同じ味がする、甘く苦い思い出が必ず蘇る。決して忘れてしまいたいわけではなかったけれど、思い出す時の黒は前髪の下に隠れた眉間をいつも狭くしていた。
 担いだ狙撃銃の整備も終わり、あとは戦火の広がる荒野にこの身一つで飛び込み、たくさんの人の命を奪うだけ。多ければ多いほどいいと上司は言う。と言っても、今の黒はただの傭兵上がりなので、この戦いが終われば報酬を貰ってまた別の戦場へ身を置くことになる。

 煙草を挟む指先を、黒は何となく眺める。厚い皮の手袋に包まれた手は、今までに何度引き金を引いたのだろう。数えるほどではあるが狙いを外したことがある。だがそれを除けば確実に、引き金を引いた数は人を傷つけたか或いは、命を奪った数だった。人を殺してまでここにいる理由と目的は、ある。いや、あった。今はもう、それを忘れるほどに、時を重ねてしまった。
 黒は煙草の吸殻を千切って捨てる。それと一緒に今だけは、甘くて苦い、温かく冷たい、いくらかの美化を含んだ記憶もどこかに閉じ込めてしまうことにした。銃を撃つのに躊躇いはいらないのだから、彼は今、精神を全くの白にしてしまわなければならないのだ。真っ黒な心を、真っ白に。


「白く、………か。お前は今も…白いままなのか…?」


 誰に言うでもなく黒は空を仰ぐ。色々なものが焦げて焼けて上った硝煙で、青いはずの空は汚らしい色で汚れていた。その間に垣間見た雲だけは、何物にも穢される事なく、雲の色を保ったままだった。
 同じ色を持つ髪の彼を思い出して、黒はもう一度、今度こそ心を真っ白に、塗り潰した。もう目的は果たせそうにないけれど、自分を騙してでもこの荒んだ空間にいなければならない。
 何故なら、もう半身の隣に自分の居場所は無いのだと、黒はそう信じて疑わなかったから。都合の悪い事は考える事をやめる。今この瞬間だけは、人間も、やめる。


 人間ではない時間が増えていかない事を、願うばかりだ。



fin.
10.0701.
黒の話。飛鳥先生と出会うよりも大分前だと思われる。気付いていると思いますが黒と白は兄弟です、双子の。え、二人の年が違うって、そりゃあ…つまりはどちらかが年齢詐称をry…或いは、どちらも年齢を偽っているか、です。普通じゃない二人なのは前から示唆されてましたけどね!笑
ちなみに戦場で煙草を千切るのには理由があります。確か居場所を特定されないため、みたいな感じだった記憶。