colorless | ナノ


厭世革新者





 思えばこのクソ長い人生、何で軍人になったかとかもうどうでもよくなっていて。連鎖するように、何でここにいるとか何でこうなったとかもかなりどうでもよくなった。つまり俺は今この状況を諦めて、現実逃避をしているわけだ。だってこんな逃避したくなるような現実、俺としてもさっさとお別れしたいんだからよ。
 現在地は戦場。俺の今の状況は最悪。ぐらぐらする頭を叱咤して思い出せば確か俺はジープで戦場渡って物資の支給を請け負ってたんだったか。煙草をふかしながら悠長に突っ切ってたら爆音。暗転。で、今に至る。車外に投げ出された俺の下肢には馬鹿みてぇに重い物資が鎮座していてどけろっつってもどけてくれるはずもないし、何か片腕が上手く動かない。こりゃ骨いったな。辛うじて動く左手が探り当てたのは吸いかけの煙草。ああ流石俺の左腕、いい仕事してくれるじゃねぇか。

 幸いまだ火は消えていなかったので、小刻みに震える手で何とか煙草を持って口元へ運ぶ。戦の後の一服は美味いけど、戦中の一服もまたいいんだよなあとか考えながら煙を吐き出すと、噎せた。口から跳ね上がったのは唾液だけじゃなく、真赤な血も混ざっていた。そして腹のあたりが尋常じゃねぇくらいに痛い。肋骨もオシャカだ。
 いよいよ希望の光とやらも完全に消えかかってきたところで、もうほとんど残っていない煙草をぷっと吐き捨てる。本当は二本続けて吸う事は勿体ないのでしていなかったのだけど、まだ体が動くうちに吸っておきたい。胸ポケットに入った煙草の箱を器用に片手で取り出し、一本を手に取り、火はそこら辺で燃えてる資材から拝借した。最期の一服くらい豪勢にやったって許されるだろう、なぁ?


 その煙草を半分くらいふかした頃だろうか。人影が俺の視界から空を奪う。いや、もともと前髪に隠れて空もあってないようなものだったけど。とにかく、死体に紛れて生きながらえていたけどもう運も尽きたらしい、霞んでいる視界から辛うじてそいつが軍服を着ている事がわかった。倒れている奴に構うってことは、敵が息の根を止めにやってきたってことだろう。あー終わったな俺、ごめんもう会えねえわ俺の半身。



「おい、お前」

 問答無用でサヨナラズドンだと思っていたのだが、聞こえたのは凛とした女の声。誰もが正常でいられなくなりそうな戦場の中で、どこまでも理性を保った、上ずりもしない静かな声。そいつは声をかけると同時に、咥えていた煙草を蹴りでどこかへ吹き飛ばした。なんて奴だ俺の貴重な一服を。
 俺が内心憤慨していると(元気があれば反抗したかった)、彼女は周囲にいるらしい部下に何か指示を出していく。徐々に俺の下半身にかかる重みが緩和されていくのが分かった。同時に理解する、あ、俺なんか助かっちまったんじゃねぇのこれ。


「お前は、こんなところで終わるような人間ではないだろう?」


 嘘みたいにかっこいいそれがその戦場で聞いた最後の言葉。
 それ切り俺は気を失って、暫く、っつーか何週間か目を覚まさなかったらしい。





***




「あ、飛鳥センセー」
「…お前か。煙草は止めろと言っているだろう」
「今吸ってないっす」
「匂いで分かる」

 あの時の女軍人、飛鳥。俺は彼女に拾われる形で、とある大学の助教授だか助手をやることになった。俺の煙草を咎めること以外は、まぁそれなりにいい人だと思う。少し怖い時もあるけど。
 そんないい奴が、自分で言うのも何だけど俺みてえな得体の知れない、会ってから短くないのに未だに家名も名乗らないような人間を傍に置くなんて、どうしてなのか。疑問に思うのは今だけじゃなく、出会って、何かと顔を合わせるようになってから、ずっとだ。ずっと、俺は不思議でならない。なので聞いてみる事にした。脈絡は別に気にする要素ではない。

「なぁセンセー。何であの時俺を助けたんすか」
「…今更、だな」
「ずっと不思議に思ってたんで今聞きました」
「言っただろう」

 紅い目をまっすぐ、見えないはずの俺の両目に向けて、彼女は唇を開いた。

「黒、お前はあんなところで終わるような人間じゃなかった。私は今でもそう思っている」

 飛鳥先生はあの頃と全く変わらない静かな声音でそう答えて、背を向ける。何というか、ああ、畜生。下手な男よりもずっとかっこいいよな、あの人。
 そんな人だから、これからもついていってみようとか思えてくるのだろうか。今までの“俺”っていう存在をかなぐり捨ててでも、ここで今の役割を果たそうとか、柄にもなくそう思っちまってんだよな、俺。



fin.
10.0619.
蒼真様宅飛鳥先生お借りしました!絵茶の終わりに二人の出会いとかについて語ってたらもうどこまでも意気投合してしまいまして。最期の一服の件とか。あの以心伝心はすごかった。とにかく先生がかっこよすぎる件。拝借許可ありがとうございました!

title by 水葬