迷子の隻眼
俺は自分で言うのも何だけど大人しい方だ。だからかな、紅はよく俺に色んな事を話してくれた。本当に、色んな事を。俺が聞いちゃいけないようなことも、たくさん。
(あのね、灰ちゃん。私は別にさ、自分が可哀想な子だとか思ってないんだ。確かにさんざんな時もあったけど、五体満足で生まれて、父さん譲りで綺麗な色の髪貰って、両親に肖った名前貰って、取りあえずこうして生きてる。まぁ、知っての通り色々あって母さんには愛して貰えなかったけど、生きてるだけで結構幸せじゃないかって思うわけよ。というかぶっちゃけ自分が不幸な子だとか思うのって痛くない?)
確かにそうは思う、思うけど。何かそれって身も蓋もない話だな、って答えたら、紅は笑った。いつもみたいにけらけらと、まるでそれがルールだっていうみたいに。自分を可哀想って思う事よりも、俺にはそっちの方がどうしてか痛く感じた。
(ああ、どうしてみんなに笑ってほしいのかって? …ふふ、どうしてだろうね。……あーはいはい教えてあげるって、冗談だよ。…ほんとはさ、一人だけなんだよ。私が笑ってほしい相手は、世界に一人だけなんだ。でもあの人は、絶対に笑ってくれない。その反動かな、色んな人に笑顔を求めちゃうのは。自分でも分かってるよ、ちょっと難儀な癖だっていうのは。だけど……笑ってほしいんだよねー。)
最初に言った通り、俺は大人しい。かなり、無口な方だ。それを知ってる紅はきっと安心するのだろう。空気みたいにただ話を聞いて、たまに差し支えのない相槌を打ってみたりするだけの俺の傍にいると、彼女はその隻眼を細めて一人ごとのように、静かに、それでいて朗らかな笑顔で滑らかな台詞を吐き出していく。
(……誰かに好きになってほしいとか、愛してほしいわけでもない。ただあの人を笑わせたかった。あはは、だってさ、まず慈愛の象徴に愛されなかった私が血の繋がらない他人に好きになってもらおうなんて無理な話じゃないの。だから私は、取りあえず誰かを笑わせてみようとする事しか出来ないよ。その所為かどうか分からないけど道化だか何だか呼ばれちゃってるしね。あ、灰ちゃんも誰かに苛められたら言いなよ。私が四分の三殺しにしてあげるから)
いやそれもうほとんど死んでるよ、と妥当な突っ込みを入れたところ。彼女は数秒考えた後「なら百分の九十九殺しで」とにこやかに答えた。もう何も言う事はせず、だけど一応俺も女子に守ってもらうほど弱くはないとだけ釘を刺しておいた。言わずもがな、紅はけらけらと楽しそうに笑ってたけど。
俺は今、紅とは別の学校に通っていて、顔を合わせる時間は結構減った。やっぱり、紅は何か切欠がないとずっとあのまま、ある意味時間が止まったままになってしまうような気がしてならなくて、凄く心配だ。いつか誰か、紅を変えてくれる人が現れて欲しいと俺はそう思っている。だって、俺では無理だったから(もちろん白兄も)。
―――そう言えば先日の紅の様子はいつもと感じが違ったような気がしないでもないような、
(あのね灰ちゃん、私この前、凄く面白いおにーさんと会えたんだよ!)
―――家族以外の話が出た事なんて、一度もなかったんだ。…俺の気の所為じゃなかったら、いいなぁ。
fin.
10.0606.
おま、日付自重。何故か時間がかかった紅の話です。ちなみに語りは灰。段々紅の中身が露わになるにつれて…ね。お分かり頂けただろうか、的な。つまりあれ、若干病んでます的な。本人の自覚が無い所で。とにかくダイチにごめんなさいしたい。
title by 水葬