colorless | ナノ


盲目少年期






 俺の名前は雨宮灰。一応雨宮家の長男ということになっているが一人っ子で、俺が知る限り、血縁の雨宮家はもう一つある。それは俺の父の双子の兄が大黒柱をやっている雨宮家。いや、あった、というのが正しいだろうか。紅の父である雨宮赤真は、前述したとおり俺の父親の双子の兄。彼の髪は紅く、紅の髪は紛れもなくその父の遺伝なのだろう――ちなみに俺の父と翠の父の髪の毛は黒い――。
 だが、もう十年以上も前になるだろうか、彼は俺達が丁度物心ついた頃、死んでしまった。死因は一酸化炭素中毒。そう、火事で死んだ。家族を、紅とその母を守って、どんな父親よりも父親らしい最期を遂げたのだ。

 俺は結構記憶力には自身がある方なので、よく覚えている。叔父さん――赤真さんの葬儀が終わった頃からだ。まだ幼かった紅が、笑う事よりも泣いているか表情を曇らせている事が多くなっているように感じたのは。更に、優しかった叔母さん、つまりは紅の母親も、段々様子がおかしくなっていった。紅はもちろん、俺にも優しかった叔母さんの姿を見かける事がそれっきり無くなり、そのことを紅に聞いても曖昧に笑って誤魔化されるだけだった。
 最初はそれが、父親や夫を喪ったことによる喪失感や空虚感からくるものなのだと、子ども心ながらにそう感じていて、俺は下手に口を出す事はしなかった。でもそれから暫くして、どこか違和感があることに気付く。紅は元々内気な性格で、まぁ女の子らしいといえばらしいが、とにかくあまり積極的に人と関わりたがらず、俺も例に漏れなかったのだけど。どうしてか、彼女は周囲の笑顔を求めた。そこに安らぎを感じていたらしく、軽く鬱が入ったような表情も他人の笑顔を目にした時だけは綻んだ。
 しかしある日、彼女は女の子らしい長さだった髪をばっさりと、自分で切ってしまった。何があったのかは分からなかったが、何というかあの時の紅からはただならぬものを感じた。自分で言うのも何だが俺はあの頃から結構頭が悪くはなかったので、きっとこのまま紅を放っておけば悪い事が起こると思った。


 そしてついに、偶然とは言え見てしまった。何となく紅と一緒に遊びたくなって、彼女の家の窓から中の様子を覗きこんだのだ。「なんであんたが生きていてわたしが生きていてあの人はいないのどうしてどうして死ねばよかったのにああ嗚呼腹立たしいあの人そっくりな髪の色がきもちわるい愛していたのにどうしてあの人じゃなくて赤真さんじゃなくてあんたが」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」涙を流しながら闇雲に拳を振り回し、狂ったような言葉を吐き出している叔母さんと、泣くでも助けを求めるでもなく、両腕で頭を庇いながら淡々と謝罪の言葉を並べていく紅。繰り返される殴打の音が断続的に聞こえてきて、耳を塞ぎたくなったのに体が動かなかった。それは子どもの俺にはかなりショッキングな場面で、体の感覚が戻った瞬間思わず逃げ出してしまったけれど。確かにあの時、窓越しに紅と目があった。俺は動けず、紅の目は確実に俺を捉えていて、それなのに。彼女は助けを求めることなどせず、俺の見間違いでなければそれだけじゃなく、笑った。そんな風に、見えた。

 もちろん俺はそのことを両親に話して、俺の話をちゃんと聞いてくれた二人は青褪めた顔で色々な所へ働きかけた。それからすぐに叔母さんはどこか遠くへ行ってしまったと聞き、紅は家に来てそのまま住む事になった。当時の俺は何があったか理解できなかったけれど、恐らく両親の連絡を受けた人たちが正規の処置を取り、そういう機関が動いたのだろう。結果的に紅は両親を失い、代わりに俺達が家族となった。

 言ってしまえば紅は虐待というものを受けていたわけで、今でもどこか、根底の方がねじ曲がり歪んでいるように思えてならない。正直、俺は仕方がないと思う。というか、今ああやって笑える方が凄いんじゃないだろうか。特に問題なく幸せな家庭で育った俺でさえこんなに仏頂面だっていうのに。



 そんなわけで、昔話はこれで終わり。もう少し早く俺が気付けていたら、紅はあそこまで自分の髪の色を嫌いにならずに済んだのかもしれないとか、あんなに不安定な性格にはならなかったかなとか、色々後悔らしきものはあるのだけど。それは俺が悩んでも仕方がない事なので、この際今は置いておこう。
 ―――そう、忘れてた。彼女の右目はないわけじゃない。健在だ。何で隠しているかって、それは勇気を出して本人に聞いてみればいい。ここまで話して置いて何だけど、俺はあまり人の事を話すのが好きじゃないんだ。大体、そんなくだらない少年期を知ったところで誰が得するわけでもないだろうから。

 繰り返すようだけど、知りたいなら本人に直接聞いてみればいい。きっとどんな暗い話でも、笑い話に塗り替えながら語ってくれると思うよ。


fin.
10.0604.
灰の紅語り。痛くて酷い話ですね。これについて特に語る事はありません。それでもやっぱり紅が笑えるのは彼のお陰なのですけど!

title by 水葬