colorless | ナノ


日に濡れ




 バキ、とか、ゴッ、とか、聞いていて気持ちのよくない音が耳にこびりつく。それは人に殴られた時の音によく似ていた。いや、あまり変わらない、何でって、私は殴ってはいないが人を蹴っている。蹴っていた。もう終わった。何かの漫画みたいな感じで彼らは、私の周りで積み重なって倒れていた。取りあえず謝るなら私に喧嘩を売って来た彼らよりも、私が使った“カポエイラ”へ。本来この格闘技は相手へ攻撃を当てる事よりも敢えて外し、プレッシャーを与える事に重点を置いている。だけど私はそこから自分なりに発展させて、もっと実用向きでより攻撃的なスタイルへと改造していた。ごめんなさい、“カポエイラ”を考えてくれた人たち。でもこれからも使わせてもらいますありがとう。
 それにしても何だろう、何で私ってこんなに喧嘩売られるんだっけ。最初は、そう、この髪のせいだった。赤くて目立つから絡まれたみたいな、そんな感じ。私ってこの髪の所為で苦労しすぎじゃないかと思う。まぁそれは置いといて、最初に絡んできた人たちを伸して、そうしたら小さな噂が流れて、それを嗅ぎつけた物好きな一握りの不良さんが絡んできたから正当防衛で伸して、また噂が少し大きくなって流れてそれを嗅ぎつけた中堅不良さんたちが絡んできたからやっぱり正当防衛で伸して、また噂が肥大化して流れて以下略、そんな流れの無限ループというかエンドレスというか。ひとつ言い訳するならこれは正当防衛であって、決して私が望んだ展開ではないです。

「しんじゃえばいいのに」

 捨て台詞、とは言っても勝者側の捨て台詞だから、そこまでかっこ悪くはない。相手に聞こえているかどうかはまた別として。だってみんなぼこぼこだから意識がないもの。
 戦いの集中を切らせば、まず足に痛みが走った。サポーターとかそういう良心的な装備をさせてくれる間もなく、不良さんたちはあの黒い稲妻のごとく湧いて出るから。次に、雨が降っていることに気づいて、空を見上げれば、空は綺麗な橙色だった。ああなんだ、狐の嫁入りか。こんな綺麗な空の下こんな神秘的な天候の中、わざわざ喧嘩を仕掛けてくるだなんて風情のない人間だと思う。こんな奴らの相手を律儀にしていたら、私はいつの間にか普通の高校に進学できなくなっていたなんてもういっそ笑うしかない。足の痛みとも相定まり何だか笑いながらもいらついたので、一番傍にいた不良の頭を軽く蹴飛ばし(小さな呻き声が聞こえたけど無視)、私はこの場を離れるべく歩き出した。

 歩いている途中は取りあえず空を見て昂っていた気持ちを鎮める。顔に降りかかる水滴は鬱陶しい半面冷ややかで気持ちいい。ぽたぽたぽたぽた、冷たい雫が橙色の空から降ってくる。降ってくる。

「しんじゃえば、いいのに」

 さっきと全く同じ台詞が自然と唇から零れ落ちた。気付けば歩いていたはずの足は止まり、何となく下を向けば浅い水たまりに自分の顔が映っていた。ひどい顔だ。雨で頬が濡れていて、まるで泣いてるみたいだった。もしかしたら泣いてるのかもね、なんて。

 ああ分かってたよ、さっきの言葉も今の言葉もどっちも不良なんかじゃなく私自身に向けられていたこと。

 つい先刻まで動き回っていた私の体は、既に氷のように冷え切っていた。ただどうしてか、頬は冷たくて熱いような気がする。


fin.
10.0525.
中学の頃の紅。荒れてるわけではなく今と変わらない。実は最後泣いてたから頬が熱いんだぜっていう。ほぼ過去の独白状態。