デイドン砦その2
どうやって尋問から逃れようかと考えているとそう遠くない距離で怒声が響きわたった。
なんだと振り返る二人に釣られて自分もそちらを覗く。
なにやら揉めごとを起こしているようだ。
「だから、なぜに通さんのだ!魔物など俺様がこの拳でノックアウトしてやるものを!」
「簡単に倒せる魔物じゃない!何度言えば分かるんだ!」
離れた場所で見覚えのあるフードを被った男が騎士に向かって怒鳴っていた。
たしかそばにいる斧を構えた大男は討伐ギルドのギルドリーダーのクリント、だった気がする。
全員魔物に対して敵意が半端ない集団だ。
色々と訳ありなようであまり話す機会はなかったな。
フードの方はたしかティソンだったか、名前しか知らないがだいぶ血の気が荒い性分のようだ。
騎士も彼の無理のある要求にだいぶ粘ったのかかなり険悪な雰囲気になっていた。
それと、あの女の子は誰だろう。新しく入ったにしては十五も満たないような歳若い娘だ。
弟子でも取ったのだろうか。
こちらにいた騎士もあの男の説得への加勢にか離れて行った。
今の隙に自分達もこの場から離れた方が良いだろう。
「あの様子じゃ、門を抜けんのは無理だな」
「そんな……フレンが向かった花の街ハルルはこの先なのに」
「騎士に捕まるのも面倒だな」
『……フレン?フレン君がどうしたの?』
言動からしてお姫様はフレンと知り合いの様だ。
ほう、身分を気にしない性分は彼らしい。
とりあえずエステリーゼがそれを気にすることに質問を投げかける。
姫君である彼女が城を抜け出してまでフレンを探す理由が分からないのだ。
確か珍しく巡礼を行うことにしたフレンはザーフィアスからすでに離れてるし下町の皆と見送りした記憶もある。
ちなみにユーリ君はいつもどおり鉄格子のお部屋で反省中でした。
ちょっとくらいは反省の色を見せて欲しい。
「フレンが危ないからそれを伝えに行きたいんだとよ」
『へぇ……そーれでユーリ君は一人で行くのは危ないし脱獄ついでにエステリーゼちゃんと駆け落ち状態、と』
「おい最後はちがう」
「ユーリが脱獄ってどうして分かったんです?」
『“お人好し病”の末期患者だから、ねぇ?』
それのお蔭で彼の人と成りを理解できたのもある。
なんだそりゃとユーリは呟いて、理解したエステリーゼはくすくすと笑っていた。
ユーリのそのお人好しのお陰でここまで来れたからだろう。
フレンも頭固いところあるし彼女一人じゃここにはいられないだろう。
……彼女が外に出た際の責任を誰が追うのかと思うと手汗がやばいが、その時は主人公が取ればいいんじゃないかな?
『ともかく、ユーリ君までなんで外に?
貴族風なエステリーゼちゃんの護衛、てならなんとなく分かるけど今まで外に出ることなんてなかったじゃないっけ?』
「それが……」
ユーリの話によれば下町の噴水に使われていた水流の調整と浄水に必要だった水導魔導器の核が何者かに盗まれた、と。
魔導器は貴重だ。魔導器の核は世界中でも少ないし魔導器の核と匣体がなければ作動しない。
大きければ大きいほど貴重だ。
しかし水が止まってしまっては下町の人々が生活するうえで困ったことになる。
流れている川は未濾過だからそのまま飲んだらお腹を壊すかもしれない。
あとで伝書鳩で老夫婦に聞いてみてみよう、それと浄化する知識も出来うる限り書いておけばなんとかなるやもしれない。
他にも頼れる人に書けるだけ書こう。
「俺たち先を急がなきゃいけないんだよ。どこか抜け道知らねぇ?」
『抜け道?んー、抜け道ねぇ……』
あるにはあるし、一度だけ途中まで歩いたことはあるがあそこは危険な魔物も現れるしあまり教えたくはない。
下町の中では腕の立つユーリでさえ倒せるかが不安だし万が一のこともある。
しかし“物語上”彼らに必要なものなら自然と道は開かれるだろうと思い、首を横に振った。
宛てもないのでどこか情報もないかとユーリ達と一緒に歩いていると
ふと、ユーリ達の背後から見覚えのある顔が見えた。
ここはべつに有名なところでもなくただの小さな一つの拠点なのに今日は顔見知りがたくさん見える。
さっそくか。どうやら彼女もここで足止めを食らったらしい。
「ねぇあなたたち、私の下で働かない?報酬は弾むわよ」
赤髪の女性からのいきなりのお誘いにエステリーゼはきょとんとし、ユーリは適当に空返事で無視を決めこむようだ。
彼女は幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)のカウフマンだ。
数多ある商業ギルドの中では一番信頼できる市場を手にしているがあまり帝都から出る機会の無かったユーリは知らないだろう。
それと、そばでよく見る丸いサングラスをした側近の人もいる。
どうやらユーリ達をギルドに誘っているようなので二人の背後に隠れてしまってる(約百五十六センチの)自分もお邪魔にならないよう無言を決め込むことにした。
お付きの部下はユーリの反応に無礼だと判断して少し怒っていた。
「お前たち、社長に対して失礼だぞ。返事はどうした」
「名乗りもせずに金で吊るのは失礼って言わないんだな。いや、勉強になったわ」
『(うわ〜煽るなぁ……)』
「お前っ!」
お付きの部下が食いついて今にもユーリに殴りかかりそうな勢いだ。
目立ちたくないんじゃなかったのかとユーリの背中を半目で見遣る。
それを見てたカウフマンが笑いながら部下を止めた。
「予想通り面白い子ね。私はギルド“幸福の市場”のカウフマンよ。
商売から流通までを仕切らせてもらってるわ」
「ふーん、ギルドね……」
ふいに軽く地面が何かによって揺れた。
地震のように感じるそれは別に魔術とか地盤のプレートのズレとかではない。
門の向こう側にいる魔物が原因だろう。
なんせここらをよく利用する者なら有名な巨大な魔物である。
このまま無言で過ごすのも失礼か、タイミングを見て口を開く。
「私、今困ってるのよ。この地響きの元凶のせいで」
「あんま想像したくねぇけど、これって魔物の仕業なのか?」
「えぇ、平原の主のね」
「平原の主?」
「魔物の大群の親玉よ」
『ここら一体の魔物を束ねてるリーダー的存在なの。
ここを敵だと思ってる節があるからあれさえなければここは人にとって良い中継地点なんだけど……』
「あら?確かあなたあの星空書店の……」
お久しぶりです、と先ほどの会話を素知らぬふりして軽く会釈をする。
一度、魔物退治の手伝いをしたことがある。
手伝いといっても結界の外で荷馬車が唐突に魔物に襲われ横転して荷物が散乱してしまって大慌てになっていた時に魔物を払いよけたくらいだが。
怪力だけはあるので魔物討伐と大荷物を持つならうってつけなのが自分である。
私がアルバイトをしている本屋の老夫婦の繋がりはギルドにも及んでるため名前を出せばだいたいの人が「ああ、あの星空の」と口にする。
何気にその老夫婦は凄いのだ。
本の虫もその道を突っ切ればその界隈の外にまで有名になるというわけだ。
彼女のところもギルドだが、この世の中でもきちんと顧客の個人情報の保護もしてくれるし本も痛みのない綺麗なものも多い。
取引してくれる商品の中にはこの世に一冊しかない本や帝都では発売禁止された本も、帝都の外では取り扱っているのでジャンルが偏りがちな帝都では貴重なのだ。
もちろん発禁……その名の通り発売を禁止された本は老夫婦や私が読むためだけに買い、上手いこと隠して持って帰る。
私が読むのは主には小説だったり、冒険性、物語性のある書物だが。
老夫婦はどこで学んだのか、考古学系の本が好みらしい。
帝都では検閲された僅かな本しか扱われない。
単純に検閲官の趣味に合わないものが帝都では売れなくなるのは多々ある。
本というのはやはり興味関心が無いと割とどうでもいい扱いを受けてしまう物なので仕方ないのかもしれない……が、それは帝都の中でたった一人が面白くない興味ないという理由でジャンプやマガジンが消えることと同意なのでまともな検閲官を配置して欲しいものだ。
だからあの老夫婦も私を経由してわざわざこっそり仕入れる。
そして私たちが楽しむためにあるのだ、ふふふ。
検閲さえ抜けてしまえば騎士の目はザルなので信頼のおける馴染みの客にも届ける。
フレンに聞かれたらお説教どころでは済まないことになりかねない。
フレンママコワイ。
あとは老夫婦の古い客が求める本をこちらの伝手を使って探すこともある。
その客の代わりに探査ギルドに調査を依頼してその品物を配達するのだ。
もっと早く客の手元に届けられたら良いのだが羽を使うわけにもいかないし、外へ動けるのは私1人なのでどうしても遅くなってしまうのが悩みだが……。
話は戻して……。
私もカウフマン、彼女のギルドなら信頼に値できるので、困っているのなら多少助けても良いと思うほどだ。
まぁ優先順位が高いのはやはり老夫婦の方になるのでギルドへのお誘いはお断りするが。
「あなたがいるならもっと誘ったのに……あなたほどならすぐ幹部までのし上がれるわよ。
さっきの見てたの、凄い活躍だったわ」
『あははは……ありがとうございます。
今は注文した本を取りに行かなきゃいけないんで』
「そうだったのね、手紙を出してくれればこちらへ寄越したのに」
『いえ、私も小旅行がてらなのでお手を煩わせるわけにはいかないですよ』
「知り合いだったのか」
『本関係のものは幸福の市場が良いの取り扱ってるから、
流れてきた本を検品して買い取って帝都のお店に出すの。
あの老夫婦と私の密かな趣味のためにもね』
「ふふ、そうね」
「……密かな趣味?」
めざとく見つけるのがユーリの悪い癖だが
それを何も言わずにカウフマンとお互いニッコリ微笑んでおく。
彼女もこちらの違法性は知っているし、仕入れる身として検閲官の不満を持つことは一緒なのだ。
もっとマシなヤツを寄越せと。
「本屋さん、だったんですね」
『多分エステリーゼちゃんの所にもちょっとは本上げてると思うよ?
“星空書店”は誰にでも本を手にできるよう事業展開してるし』
「そこまで貢献しているなら独立も出来そうなのに」
『そこまでのことはしてないですよ。全てあの人たちの力と知恵ですから。
それに、あそこが一番居心地がいいんです』
「そう、ならしょうがないわね。あの人たちが何か欲しかったらまたウチをご贔屓にね」
『もちろん了解です、そう伝えておきます』
さて、話を戻して平原の主が率いる群れについてだ。
あれでは門を開けたくともとても危険で開けられない状況である。
あの時、風魔法で不意打ちをしたがあの猪突猛進までは低級魔術では止められない。
自分一人でどうにか出来るかといえば出来る。
倒そうと思えば倒せる。
一番手っ取り早いやり方ではあるが、自分の平穏のため止めた方が良いだろう。
それに群れというのは、主を倒してもまた新しい主が現れるだけだ。
「どこか別の道から、平原を越えられませんか? 先を急いでるんです」
「さぁ?平原の主が去るのを待つしかないんじゃない?」
どちらも平原の主によって今立ち往生してる訳で知ってたら今ごろここにいないか。
しかしまさか今日に、しかも自分がいるこの砦に向かってくるとは思わなかった。
魔物の行動も予測がつかないがトラブルメーカーがそばにいるのも原因なような気もする。
「ま、焦っても仕方ねぇってわけだ」
そんなユーリの言葉に、エステリーゼは待っていられないと急ぐように返す。
よほどすぐにフレンに伝えたいことがあるようだけれど、なにかあっただろうか?
「待ってなんていられません。私、他の人にも聞いてきます!」
そう言って走り去っていってしまった。
ラピードが溜め息をついた。そして自分とユーリを一瞥してエステリーゼを追った。
しょうがないから俺に任せとけという意味だろう。
しかし、そこまでして急ぐ用事なのかと疑問に思う。
フレンは実力あるし、それで小隊長にまで就任した。
周りには頼もしい部下もいるだろう。
指を顎に当てながらちょっとだけシンキングタイム開始だ。
まず、誰がそんなことを言ったんだろうか。
城?遠縁とはいえ血縁者である彼女は身分の高い人間だ、城からは基本出られない。
そして彼女へ情報が全て行くことも考えられない、そこまで重要視されてる訳でもなく文字通りの籠の中の鳥状態で暮らしていた。
なら、城の中でフレンやエステリーゼを陥れようとしている人間がいる?
城にはさまざまな策謀をしている評議会もいるし騎士団との対立はここのところ激しいらしい。
しかし陥れるにも大きな理由がないと実行する気力も起きないものだ。
あるとすれば何があるだろうか……と考えるが途中でやめた。
思考の海に落ちるなとのことだろう、ラピードにエプロンの裾を引っ張られた。
「流通まで取り仕切ってるのに別の道、ほんとに知らないの?」
「主さえ去れば、あなたたちを雇って強行突破って作戦はあるけど、協力する気は……なさそうね。
ユキセも」
『たははー』
あまり時間を食ってもあの老夫婦に心配掛けたら帰ってきた時に大変なことになる。
あくまで第一優先は老夫婦なのだ。
護衛なら騎士団に頼めとユーリが言う。
それはギルドにとって禁句なのだ。
予想通りカウフマンは眉を潜めてユーリを睨む。
彼女はギルドだから騎士団や帝都のワードはあまりよろしくない。
「冗談はやめてよね。私は帝国の市民権を捨てたギルドの人間よ?
自分で生きるって決めて帝都から飛び出したのに今更助けてくれはないでしょ。当然、騎士団だってギルドの護衛なんてしないわ」
「へぇ、自分で決めたことにはちゃんと筋を通すんだな」
「そのくらいの根性がなきゃギルドなんてやってらんないわ」
流石は巨大な市場を取り仕切るギルドの長だ。
帝都は帝都、ギルドはギルド、きちんと線引きしなければトラブルを生みかねない。
ダブルスタンダードさは要らないのだ。
昔から騎士とギルドには深い溝があった。
自分が騎士に入った頃からも、全てから離れた今もそれは変わらない。
これ以上は他の道は聞き出せないだろうと諦めて場を離れようとしたが、カウフマンは、ぽつりと自分がお勧めしなかった道の名前を出した。
それを優しさと取るかは微妙なところだが。
「ここから西、クオイの森にいきなさい。その森を抜ければ、平原の向こうに出られるわ」
「けど、あんたらはそこを通らない。ってことは、何かお楽しみがあるわけだ」
「察しの良い子は好きよ。先行投資を無駄にしない子はもっと好きだけど」
さりげなくこちらにウィンクを寄越したので思わず苦笑いする。
また今度といってもいつ会うか分からない。
基本帝都に住んでいるためまた外に出る用事でない限り会うこともないだろう。
その時は私もこのまっくろすけとお姫様に連れられ帝都に戻る時間が大幅に伸びることは思わなかった。