お礼
村長宅へとたどり着く。
早く去りたいのユーリとは反対にカロルのソワソワが止まらない。
「おお、おお、よくぞ参られました。ささ、ごゆっくりと……」
もてなそうと張り切ってるのだろう、満面の笑顔でお茶の置かれたテーブルへと促す。
しかしゆっくりお茶を楽しむ時間が自分たちには残されていない。
エステルが申し訳ない表情でそれを優しく制した。
「ありがとうございます。でも、わたしたち、あまりゆっくりもできないもので……」
「まだ騎士様も戻られていないのに街を離れるのですか?」
ごもっともな事実だが、長居し過ぎてしまうと他のギルドの彼等が此処で何を仕出かすかは分からない。
あんな血生臭い連中、街にいるだけでも存在が迷惑なのでやめて欲しいと心から思う。
持て成す気に満ちていた村長は困った顔でなにかできることは?と聞いてくる。
本当に穏やかで優しい人柄である。
「私でお力になれることならなんなりと……」
「そのお気持ちだけ、いただいておきます」
丁寧にエステルが断ると村長の手に持った革袋がジャラリと金属の音を鳴らせた。多くはないが、少なくもない。
魔物を追い払ったりこれからこのハルルを立て直すのに必要そうな量だ。
たしかにこの街の存続が危ぶまれたところにエステルのお手柄は大変大きなものである。
しかしエステルの目的としてはお金はあまり必要では無さそうだ。
そこまで必要ないのだが、人が良いにも程があると思うのは自分だけだろうか……。
無償とは、必ずしも良い方向にはいかないこともある。
「そうですか……でしたらわずかばかりですが、どうぞお受け取りください」
「オレ?何もやってないぜ」
「しかし、お連れさん方にお世話になりましたので……」
じゃあ……とカロルがそろりと革袋に手を伸ばそうとすると、エステルはきっぱりとそれを拒否した。
いやぁ、お金は大事だけれどね。
旅をするにもお金はたくさんあって損はないが、大量にあっても重量と場所に困るのが常である。
「いいえ、それは受け取れません」
『まぁ……今回は私も』
「あ……ええと、じゃあボクもいらない、かな……と」
「いや、しかし、それでは気持ちの収まりがつきません」
なかなか引き下がらない村長に苦笑する。
気持ちは分かるけども早く此処から離れたいのだけなのだ。
ユーリに視線で助けてくれと訴えかけてくる。
うぇ〜、これ以上の失礼なく断れる案なんて日本人に……。
あ、そうだ。いいことを思いついた。
でもこれって主人公が話す場面だったような気もするけれど良いのか?
ちらりと見てもみんな考えていてその案を出そうとする気配は無い。
『じゃあ、今度ハルルの花見をさせて下さい。あの樹が一番よく見える特等席で!』
「あ、それいいですね!とても楽しみです!」
「俺は構わねえぜ」
「ボクも!」
「ワオンッ!」
「……わかりました。そのときは腕によりをかけて、おもてなしさせていただきます」
村長もこの妥協案に納得出来たらしく、その時は料理などたくさん振る舞おうと約束してくれた。
このハルルの樹を見ながら一度花見でもしたいなと思っていたのだ、それが叶えられそうで嬉しい。
次に遊びに来た時が楽しみだ。
死亡フラグにならないといいけど。
『あ、そうだ。
ついでにあの、アスピオが此処からどっちの方角だか分かりますか?』
「アスピオ……?ああ、日陰の街が確かそんな名だったような……」
「日陰の街?」
「聞いた話では、陽がほとんどささない洞窟の中の街だそうで。
たまにマントとフードをかぶった無口な方々がこの街に、買出しに来るんですが……。
どうにも気味が悪くて、ほとんど交流はないんです」
そりゃ怖いな。
公式に採用されている外套とはいえ、外に出るくらいフードくらい取れば良いのに……この引きこもり共め。
吸血鬼な生活だと皆の健康状態も危険値に達してそうだ。
この世界では、結界の中で暮らして結界の外に出ることもないまま生を終える。
そんな人生を送る人々が多いため外からの情報はあまりない。
もちろん交流も一部に留まるから誰かが動かない限り分からないままだろう。
「確か、魔術師が住むと聞いたと思いますよ。方角は……確かここから東の方だったと。
詳しい位置まではなんとも」
『いえ、そこまで分かればあとは自力で。
ありがとうございます』
「フレンが向かったのも東でしたよね?」
「ああ。学術都市ってくらいだから、魔導器と関係あんのかもな」
国が認め管理している魔導器の研究もしている街。
使い物にならない小さな魔核を少しばかり借りて実験したっけなぁ。
彼らが日々研究を行っているものに比べれば理科の実験程度ではあるが。
たしかあそこで暮らしてる誰かと話したんだけれど……駄目だ、三年以上前だからか記憶がおぼろげだ。
たぶん早く思い出さないと怒られる気がする。
とりあえず、村長にお礼を行って外へ出た。
いったい誰と話をしていたんだかなかなか思い出せなくて頭をこねくりまわす。
「待ってろよ、モルディオのやろう」
そうそう、確かモルディオって……。
モルディブじゃなくてモルディオ?モルディオ?(2回目)
その名詞にユーリに問おうとしたときふとエステルが立ち止まった。
こちらに振り向いてなんだか嬉しそうに話す。
「不謹慎かもしれませんが……。
わたし、旅を続けられて、少しだけ嬉しいです。
こんなに自由なこと今までになかったから」
感動もひとしおにそんなことを言われては開きかけた口を閉じるしかない。
遠い親戚とはいえ王なき今、独りぼっちの彼女も王族には変わりない。
守られるべき存在なのでおいそれと自由になれないのが世の常なのだ。
本来こんな危険な旅は貴族は自分の手ではしない。
エステルの後ろには次代王をと推す評議会もいる。
あのジジイ達なら軟禁するだろう。何かあっては評議会の失態にも繋がる。
まあ、こうしてまんまと脱走されちゃっているのだ。
他に作為的ななにかを感じるが、なさけない限りである。
けれど、エステル誘拐の疑惑がユーリの今までの罪状に追加されてるかもしれないので、幼馴染みの怒りが大爆発していないかが心配である。
どうやって弁明すればユーリの罪を軽くすることができるだろうか……。
どうしよう、こちらにまでフレンの説教が飛んできたら……。
「大げさだな。で、カロルはどうすんだ?」
「港の街に出て、トルビキア大陸に渡りたいけど……」
「じゃあ、サヨナラか」
「え!?ちょ、じゃあユキセは!?」
『ノール港まで本が届いてるならいいし、ダングレストはもしもだから行かなくともいいわけだしね』
「カロル、ありがとな。楽しかったぜ」
「お気をつけて」
『達者でね!』
ノリに乗ってにっこりとカロルにバイバイと手を振る。
それにカロルは慌てたようにくっついてくる。
「あ、いや、もうちょっと一緒について行こうかなあ」
「なんで?」
『(うわぁ……)』
「やっぱ、心細いでしょ?ボクがいないとさ」
「ま、カロル先生、意外と頼りになるもんな」
『器用だしね』
「では、みんなで行きましょう!」
カロルは貧乏器用だが物知りだし、エステルはフレンと会わないかぎり城へ戻ることはしないだろう。
せめてこの手が届くうちは危険な外の世界でも少しでも楽しかったと思えるように守りたい。
ただ危険なことへそうホイホイと手を出すのはやめてほしいかなぁ……。
結局このままのパーティでアスピオへと目指すことになった。
はぁ……まっくろすけの監督責任なんて、
私にはないからもし鉢合わせても怒らないでおくれ……。