TOV長編。


私を見つけたのは小さな綺羅星。

ハルルの樹




『……』

「ユキセ、早くしないと追いつかれちまうぜ。……なんかあったのか?」

『いや……音が止んだな、て』

「?
……ほら、いくぞ」

『あ、うん』


ユーリに呼ばれて自分も再び歩き始めた。
あの機械はエアルがある限り、永遠と稼働し続ける。
それが止まったということは、私が知る限りそういうことなんだろう。彼らの前で壊す動機がない自分の代わりに彼が破壊してくれたということだ。
マーク付けといたとはいえ、次にどこかで会ったら代わりにお礼言わないとなぁ……。



* * *



満天の星々が輝く夜。
既に太陽は眠りにつき、今は月が支配する時間帯。

ハルルに着く頃には既に人は僅かしか外に出ておらず、しかし村長は私達の帰りを待ちわびていたようでずっと外にいた。
ご老体だから無理するなとも思うがこの村存続の危機でもあるため無理もないだろう。


「おお、無事に戻ってきましたか」


よろず屋から話を聞いたらしくその手には一つ、大きな桃色の花びらがあった。
パナシーアボトル製作に欠かせない素材の一つを大事に持っていてくれていた。


「ルルリエの花びらはハルルの樹に咲く三つの花の一つ。
それを半年間陰干しして作る貴重なもの。最後のひとつですが、樹がよみがえるのであれば」

「ありがとうございます」


最後の一枚。
これで失敗したらおしまいだろう。そうなったら羽でも出して超特急でパナシーアボトルを持ってくるか気合いで生命維持できるほどのマナを注ぐか……、でもそれだけで効くかも分からない。
あれこれと対策をうんうん考えてしまうほどにこの樹が枯れてしまうのが私は嫌だった。


『(……ん?)』
そこでやっと気付いた。
この世界でまた、執着するものが出来ていただなんて思いもしなかった。
長く生きてみるものだなぁと思わず自嘲した。

その脚でよろず屋へと行く。
幸いか、自分達を待っていてくれたのかどの店が閉めている時間帯でもよろず屋だけは煌々と灯りがついていた。


「お、戻ってきたか。材料は揃ってるのか?」

「もちろんだよ」

「エッグベアの爪、ニアの実、ルルリエの花びら……っと。全部あるな。よし、作業に取り掛かるぞ」


そう言って奥へと引っ込んだ店主。
数分後、一つの液体が入った瓶を持って現れた。


「パナシーアボトルの出来上がりだ!お代はけっこうだよ」

「ありがとうございます!」

「これで毒を浄化できるはず!早速行こうよ!」


焦るカロルが今にも走りだしかねなくそわそわしていて、彼なら間違いなく転びそうだ。
ユーリがカロルに軽く制した。


「そんな慌てんなって。ひとつしかねえんだから、落としたら大変だぞ」

「う、うん。なら、慎重に急ごう」


ユーリが諌めると逆にガッチガチに固まって歩く様はまるでオイル切れのロボットだ。
いや、それはそれで冷や冷やするのだけれど……。


『大丈夫かな』

「ワン」


とりあえずカロルが転ばないように見守りながらハルルの樹の根元へと歩いた。
石に躓かないといいけれど。

村長の呼び込みでか、住民達がハルルの樹の根元の周りに集まる。
そしてその中央、樹の根元の血で変色していた土の近くにいる自分達。
誰しもがハルルの樹の復活を願っていた。
これ、失敗したら凄い反感買いそうだけど大丈夫か?
ちゃんと主人公補正が掛かって成功しますように。


「おおっ、毒を浄化する薬ができましたか!」

「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」

「え、いいの?じゃあ、ボクがやるね!」


嬉々として樹の根元へと向かうカロル。
その様子を三人と一匹で見つめた。
ただでさえ森の中で一番元気で臆病だった子供が、さらにテンションの高いので不思議に思ったようだ。


「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」

「たぶんな。ま、手遅れでなきゃいいけど」

『まぁ、大丈夫でしょ』


じゃないと物語が続かないと他人事のように思う。
駄目だったらどうしようか……他の方法としてパナシーアボトル大量に用いた方がいいのだろうか。

魔導器に直接作用させる方法なんて専門じゃないので自分は公式を知らない。
ついにパナシーアボトルがハルルの樹の根元に垂れ、効果が発現した証拠である淡い光が放ち始める。


「樹が……」

「お願いします。結界よ、ハルルの樹よ、よみがえってくだされ……」


村長が手を合わせながら祈る。
その光が強くなったのもつかの間、その光はだんだんと弱くなってしまった。
自浄力を全て使い果たしてしまったのだろうか……。
もはや枯れていくのを待つしかないのだろうか、他に手は考えつく限りもうない。
いつの間にか自然と手を握りしめていた。

(また何も救えず終わってしまうのか)

祈るように樹を見つめる。
ああ、また私は何もせずに目の前の命を散らす姿を見続けなければいけないのだろうか。
復活は絶望的かと思ったその時、エステルが不意に樹の元へと歩み寄る。


「お願い………」


エステルが樹の前に手を組んで祈るように呟く。
そこから僅かな光が出るのを見逃さなかった。
エステルなら、その特殊な癒しの力で樹の自浄作用を強くすることができるかもしれないのだ。



「……咲いて」



エステルの声に応えたかのように体から光りが溢れて樹へと注がれていく。
エステルを中心に光が漏れ出して呼応するかのようにハルルの樹がより一層光り輝いた。

生命も尽き果て枯れかけた花や葉は再び色を取り戻し、つぼみのまま咲かず、生を終えようとしていた花も開き一度に満開の花弁を魅せてくれた。

そしてその力は樹の奥底に眠っていた結界魔導器にも及び、停止していた結界が再び動き出した。
空を見上げればようやく見慣れた結界の術式が浮かんでいた。
目の前の樹は生命力を取り戻し、エステルは見事にハルルの樹を復活させたのである。

意識的にエステルから遠くに避けたからかクオイの森にいた時ほどの影響はない。
立つのはちょっと辛いが、隠せるほどだ。
それにしばらくすれば薄れて消えるからそのまま我慢すれば良い。

それよりも最後まで目の前の奇跡とも呼べるものを見ていたかった。これが、いったいどのように及ぶのか確かめたかった。
実験のようにも思えて本人には申し訳ないが、もし彼女が旅を続ける限り冷静に観察していかなければいかない。
平穏を望むならより一層に。


「す、すごい……」

「こ、こんなことが……」

「今のは治癒術なのか……」

「ありえない……でも……」


ハルルの樹のもとへと騒ついた周りから一歩離れたところで桜にも似た淡い色の花弁を見つめた。
ひらりと手のひらに落ちた花びらは大きさは違えど、あの花とよく似ていて。


『………綺麗だね』


まるで桜のようだ、ともう遠い記憶の隅にしか残らない儚い花の木を想った。

エステルは力を使い果たしたらしくそのままぺたりと座り込んでしまった。息も上がっているが、倒れるほどでもないので見た目ほどそこまで疲弊してる様子もないししばらく休めば大丈夫だろう。

老人から子どもまで皆が彼女の元へと駆け寄ってきた。


「うわぁ!ふっかつふっかつ!ありがとーおねーちゃん!」

「本当にありがとうございます。これで夜も安心して眠れます。」

「まさに奇跡……びっくりじゃ……」

「はぁ……やっぱり花があってこそのハルルだわ……これが無いと朝夕のご飯が美味しく無いのよね」


次々とエステルに賞賛が送られる。
しかし、とうの本人は自分が何をしたのかまだ自覚しきれてないようだ。
ぽかんとした表情で目をぱちくりしていた。


「わ、わたし、今なにを……?」

「……すげえな、エステル。立てるか?」

「は、はい」

『ほら、オレンジグミ』


樹もそうだがエステルも疲労のみのようで良かった、本当に。
エステルの手を取りオレンジグミの入った袋を渡しながら、そしてもう一度ハルルの樹を見た。


『ありがとう、エステル。この樹は私にとって思い出深いものだからまた満開を見れてとても嬉しいよ。

本当に……ありがとう』


この世界での大切な思い出の一つだから、とても感謝してる。
エステルは可愛らしい笑顔を向けてくれた。
花びらがひらひらと舞い落ちてエステルの頭の上に落ちた。
その花びらを指で拾い、その淡い桃色の花びらを見つめる。


『……故郷にも似たような花を咲かせる木があったから、懐かしいんだ』

「そうなんです?」


話すつもりなどなかったのに、つい自然と口に出してしまっていた。
これよりもはるかに小さな存在で、けれどこの国を象徴するものは?と聞かれれば幼な子から老人まで笑顔であの綺麗な花びらを思い浮かべながら口にするであろう樹だった。


『こんなにも大きくはないけれど、綺麗なうす桃色で時期が来ると一斉に咲くの。綺麗だけれど、すぐ儚く散ってしまうから出会いと別れの木とも言われてる。
みんなが大切に想う木なんだ』

「そうなんです?ユキセの言うその木も見てみたいです……。
この樹に負けないくらい、とっても素敵なんでしょうね……」


見せることができるなら、いくらでも見せてあげたいのに。
エステルは見たこともない木にも想いを馳せながら、そしてしばらく私たちはこの樹を魅入っていた。
ユーリが得意げに笑いながら幼馴染みに思いふかす。


「フレンのやつ、戻ってきたら、花が咲いてて、ビックリだろうな。……ざまあみろ」

「ユーリとフレンって不思議な関係ですよね。友達じゃないんです?」

「ただの幼馴染みってだけだよ」


満足げに言うユーリにエステルが疑問を投げかける。
幼馴染みにしては敵意というか、ライバル感出し合ってるよね。
それにフレンは世話焼きで、ユーリはそれを嫌がる反抗期な息子みたいな感じで漫才でも見てるようでこちらは楽しかったけれど。


『幼馴染みっていうか親子じゃ……、
っ!』

「ウゥ……!」

「ラピード?ユキセ?どうしたの?」


言いかけたと同時に鞘に手を添えながら気配の先を見つめ、ラピードが低く唸りながら鼻をヒクヒクと動かして空気に混じった臭いを嗅ぎ取る。
空気を変えたこちらに気付きユーリが目を細めた。

微かに漂ってくる、こびりついて大分日が経ったような鉄臭い臭い。
ああ、嫌悪感の過ぎる嫌いな臭いだ。

まさか、あいつらがユーリ達を追いかけてるのか。
ユーリ達も視認出来たようで同じく険しい表情で警戒していた。


「あの人たち、お城で会った……」

『なんて明らか面倒臭そうな奴らとお知り合いになってんのユーリ……』

「さぁな……さて住民を巻き込むと面倒だ。見つかる前に一旦離れるぞ」

「え?なになに?どうしたの急に!」

『ささっ、とりあえず外に出るよカーロル君』


状況が読めないカロルの背中を押して足早に去る。
あれは厄介だ。
金を積めばどんな汚れ仕事でもし、また善良だろうが悪人だろうがどんな人間をも殺す。
この世から確実に消したい人間がいるなら奴らに頼めば九割がた確実に殺ってくれる上層部の奴らにとって都合の良い、血生臭いギルド集団。

しかも城にまで現れたというのは大問題だ。
誰かが裏であのギルドと手引きしている。

……まあ、あの服装は明らかに自分達ヤバイ奴ですよって物語ってるし、前見えてるのかが疑問だし、どれが誰だか分かりにくい。
そして何より一番アタマ可笑しいのがギルド頭領がルー語。
英語、皆理解できるのか?


「面倒な連中が出てきたな」

「ここで待っていればフレンが戻ってくるのに」

「そのフレンって誰?」

「エステルが片想いしてる帝国の騎士様だ」

「ええっ!?」

『ほぅ……』

「ち、違います!ユキセも納得しないでください!」

「あれ?違うのか?ああ、もうデキてるってことか」

『あ、もうそこまで?さっすがフレン君。
見た目からして王子様らしい容姿だものね。
お似合いとしか言葉出ないわぐふふ……』

「ユキセその笑い方なんだかこわいよ……」


このお二人なら端から見てもお似合いだよね。お姫様と騎士、童話に出てくるようなお似合いカップルである。
こちらの妄想をよそに、違いますっとエステルがぷりぷりと可愛く怒っていた。


「もう、そんなんじゃありません!」

「ま、なんにせよ、街から離れた方がいいな」

「それにしてもラピードは犬だから分かるけど、ユキセもよく気がついたね」

『ん?あぁ、まぁ生まれつき耳も鼻も良いんだ』

「だからニアの実で他よりもダメージデカかったったんだ」

『そゆこと。ラピードよりは劣るけれど人一倍はいいよ。
因みに奴さんたちはまだこちらには気付いてはいなさそうだし、何の用で来たのか知らないけれど顔見られてるなら、
出来るだけ早くハルルから出た方がいいと思うけど』

「そうですね。街の皆さんに迷惑をかけたくありません」

「フレンって人の行き先がわかってるなら追いかけたら?」

「確か、東に向かったって言ってたよな。ユキセ、アスピオってどこだか分かるか?」


アスピオ……。
帝都が管理してる魔術師……オタク達のいる街、いわゆる学術都市だ。
洞窟の中にあって分かりにくい位置にある。
ジメジメしたところのせいか、本まで湿気そうな暗い場所。
あとだいたい偏屈な奴しかいないので絶対環境のせいだと思う。

何故知っているのか、
それは魔導器のエアルとエクスフィアのマナの循環式を確立する為にエアルについての情報があまりに少なかったから、彼処に行けば分かるかなーと忍びこんだから。
あと国が魔核を保管してるのはあの場所だと分かっていたし。
自分の魔術の発動条件は、脳内の想像とマナだ。
エアルとは何かを知らないまま虚像でエアルのみを使用して魔術を発動させようとすると失敗したため、出来るだけ知識でも補完出来るようあんな湿気臭いところに行ったことがあるのだ。


『前に興味本位で行ったことあるけど、それもずいぶん前だし……』

「でも場所は分かるよな」

『でもだいたいだよ。久しぶりだから具体的な場所までは分からない』

「とりあえず、今は急いでここを出たほうがいいみたいだな」

「そうだね。あの人たちがいつ動くかもわかんないし、ユーリを見つけたら襲ってくるみたいだし」

「全く、迷惑な話だ」

『(本当にね)』


心の中でボヤいた。まさか騎士以外にも追われてるとは思わなかったよこのまっくろすけ。
長老がこちらへと近付く気配がしたので何かと振りかえる。


「待ってくだされ。花のお礼がしたいので、我が家へおいでください」

「そんなお礼だなんて……」

「そんな遠慮なさらずに。私は先に家に戻っております」


そう言って村長はこちらの気も知らずに家へとは帰ってしまった。
遠慮もなにも、さっさとこの場から去ってしまいたいのだが今後も使う街だ。無視はできない。


「どうする?お礼だって」

「このまま無視してくわけにゃいかんだろ」

「でも、わたし夢中で、何したかもよくわからないのに」

『まぁささっと行ってぱぱっと適当に断っておこうよ』


面倒だが、無視してここから出るのも後腐れ悪い。
仕方なく村長の家へと向かうことにした。
すぐに遠慮をしてもし押しが強ければ何か楽なお願いを対価にすることも出来るが、そんなにすぐには出てこない……困ったな。



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