TOV長編。


私を見つけたのは小さな綺羅星。

原因究明




「近くで見ると、ほんとでっけーな」


空まで見上げたユーリの感心した声が上がる。
エステルもほぅ……と見惚れていた。

これほど大きな樹を見たのは自分が生きている中で大樹カーラーンしかない。

あれは異星にあり、全ての生命の根源としてあるのでこれよりももっと大きかったが。
それほどにハルルの樹は巨大な生命エネルギーを秘めている。

今この世界でこのエネルギーをどうこう出来る技術力がなくて良かった。
まあこれと融合した魔核を取ろうとしても凄まじい労力だ。
一朝一夕で終わる作業ではない。そんなことがこれからも起こらないといいのだけれど。

ひらひらと花弁が散ってゆく。
まだ花が散る時期ではない。
これから満開の時期になるというのに、まだ蕾の方が多いなか力なく散りゆく。

鼻を使えば僅かに臭う獣臭いというか、血生臭いというか……魔物らしい臭いがした。
自らの結界にずっと守られたなか、血という穢れた物には耐えられなかったのか何なのか。


「きっと満開の季節になるとハルルの花は、すごいんでしょうね……」

「花びらの洪水で流されそうだな」

「花びらが空に、ひらひらと舞って、そこはもう夢の世界のような……」

「家とか落ちた花びらで埋もれて、ここの連中どうしてんだろうな……掃除も大変そうだし」

「……ユーリと話してても、なんだか面白くありません。
ユキセは見たことがあるんです?」

『まぁ、咲く頃の季節になればそれを見に宿に泊まるのにたまにここに寄ってた時もあったから。
花びらは色んなものに加工できるらしいし。
夜は月に反射してか仄かに光るからとても綺麗なんだけれど……この状態なのは残念だね』

「そうなんですか……」

「どうせなら、花が咲いてるところが見たかったな」


ユーリがそう零す。
しかしこのままだと本当にハルルの樹は枯れてしまう。
それは自分にとってとても悲しく感じた。

目くるめく色んな出来事があったこの世界の生のなかで唯一変わらない存在だった。
また喪うものができてしまうのかと考えると心が重く感じた。


「わたし、フレンが戻るまでケガ人の治療を続けます」

『……本気?そんなことしたらエステルちゃんまで倒れちゃうよ』

「でも、放っておけないんです」


エステルの力があるとはいえ、無謀にも思える決意に眉を寄せる。
献身的な心意気は良いけれど自己犠牲は感心出来ない。
特にこんな若い子が。
自分みたいな半分人間辞めてるならば良いけれど……。
隣のまっくろすけも見過ごせないからか一つの提案を出した。


「……なあ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか?」

「え?」

『でも、治せる人間なんて……』


……あ。そうだ。
ちょっと待っててと二人を残し、カロルの元へと走り寄る。
魔物についての文献を思い出した。

人間は魔物による毒は道具を使って治す、それならばとカロルの不可思議な行動が少し理解できた。
彼は相変わらず橋の場所で沈みっぱなしの様子だ。
よっぽど置いてかれたのがショックだったらしい。


『カロル君』

「……ユキセ?どうしたのさ」

『なに、まだ沈んでるの?』

「……笑いに来たの?いいよ、放っておいてよ」

『魔物から毒を受けた際、道具を使用して回復させる……』

「?
どうしたの急に」

『カロル君。例えば大切な子に綺麗な花、見せたくはない?
遠くからも見える桃色の花をさ』



* * *



「皆さん、一体なにをなさっているのですか?」

「樹が枯れた原因を調べているんです」


エステルがそう答えれば、そうですかと沈んだ声が返ってくる。
村長もなんとかこの樹を再生する方法を探しだそうとしたそうだが、結局見つからなかった様子だ。
今までこんなことは無かったからだろう、途方に暮れた表情だった。

フレンも同じくその方法を模索したようだが、見つけることはできなかったから別の何かを探しにここを後にしたのだろう。

放置する、ということは彼的にはあり得ない。
エステルが遠くからカロルを手を引いた私を見つけて声を掛けてきた。


「あ。カロル、ユキセも手伝ってください」

「……なにやってんの?」

「ハルルの樹が枯れた原因を調べているんだそうです」

「なんだ、そのこと……」

「なんだ、じゃないです」

『エステルちゃん、原因は分かったよ。
カロル君が知ってるよ』

「!
ホントです?」


樹の根元まで寄り、黒く変色した部分へと向かい、土を指で摘まんで軽く擦り潰せば臭う生臭い鉄の臭い。
ここにまで魔物は襲いかかり、きっとフレン達が必死に樹とハルルの住民たちを守り抜こうとしたのだろう。


『血、だよね。カロル君』

「うん。それ、街を襲った魔物の血を土が吸っちゃってるんだ、その血が毒になってハルルの樹を枯らしてるの」

「なんと!魔物の血が……そうだったのですか」

「カロルは物知りなんですね」

「……ボクにかかれば、こんくらいどうってことないよ」


相変わらずカロルは沈み切ったままだが、原因は分かった。
あとはどう対処してこの樹を助けるかだが、涙目になりながらも必死で森へと突っ込んでいたカロルが知っているだろう。


「あるよ、あるけど……。誰も信じてくれないよ……」

「そんなことねーさ、話してみろよ」

「……パナシーアボトル」

「パナシーアボトル?」

『旅で使う状態異常を治す薬だね』

「うん……それがあれば治せると思うんだ」

「パナシーアボトルか。よろず屋にあればいいけど」


そう言ってユーリとエステルはよろず屋へと向かった。
自分は残ってハルルの樹に触れる。

目を閉じると小さく聞こえるこの樹の息遣い。
僅かなマナを送っても意味はないだろう。

自らの自浄作用さえ無効になるほどの魔物の血を多く取り込んでしまった。
長い年月によってか、自らのエアルでしか受け付けなくなってしまったのだろう。

故に脆い。魔物もまたこの世界の一部のはずなのに何故だろうか、属性?それとも別の何かか。

カロルがちらちらとこちらを見たりユーリたちの方を見たり忙しないため、苦笑しながらカロルの手を取ってよろず屋の元へと向かった。

しかし、エステルたちは困った様子だった。
生憎と在庫がなかったようで店員も困っていたらしい。


『そっか、パナシーアボトルは切らしてたか』

「でも材料は教えてもらった。
花びらは村長が持ってるらしいし、後の材料は森にあるってよ」

『そっか』

「カロル、クオイの森に行くぞ」

「え、パナシーアボトルで治るって信じてくれるの……?」

「嘘ついてんのか?」


そう聞かれれば勢いよく首を横に振るカロル。
エッグベアは騎士団に入隊したころ以来で大きいことと獰猛さ以外はどんな姿なのかはなんとなくしか覚えていない。

カロルなら詳しい特徴は知っているだろう。
ユーリに頼られたことにカロルは暗い表情から笑顔に変わった。


「も、もう、しょうがないな〜。
ボクも忙しいんだけどね〜」


彼なりの照れ隠しなのだろう。
フレンを待つはずのエステルも同行すると言い出して、ならフレンが戻ってくる前に治して驚かしてやろうとユーリが悪戯っぽく笑った。

そうして再びクオイを森へと入ることになった。
ラピードもやる気満々だし私も元から連れていくつもりのようで、苦笑しながら一行に着いていくことにした。
やれやれ、これは楽しい旅になりそうだ。



* * *



相も変わらず鬱蒼としているクオイの森。

少ない魔物とのエンカウントにより、なんだかいつもより魔物が少なく感じると呟いたカロルに苦笑いしか浮かばなかった。

犯人は君の目の前にいるのだ。おかげでエステルも魔物との戦闘に慣れてタイミングが掴めたようだけれど。
剣を扱う練習をしていたとしても、人と魔物とでは違うから良い経験になった筈だ。


「ねえ、疑問に思ってたんだけど、三人……ラピードもなんだけどなんで魔導器持ってるの?ふつう、武醒魔導器なんて貴重品持ってないはずなんだけどな」


そうこの世界ではごく普通の疑問を口にしたカロル。
たしかにカロルを除けば一般人二人に表では貴族のご息女と更には犬というパーティ構成……。
変わったパーティ編成で慣れていたせいかその奇抜さに今の今まで気づかなかった。

ハルルの人たちはきっと自分たちをエステルに雇われた用心棒だと思ってるんじゃないか?
いや今後もあの村を利用するつもりでいるのでその印象のままであってほしい。
陰口叩かれるとかユキセ泣いちゃう。

武醒魔導器の言い訳か、どう説明しようか。
町では付けずにいたから恐らくユーリも疑問に思ってることだろう。


「カロルも持ってんじゃん」

「ボクはキルドに所属してるし、手に入れる機会はあるんだよ。
魔導器発掘が専門の“遺構の門”のおかげで出物も増えたしね」

『え、そうなんだ』

「へえ、遺跡から魔導器掘り出してるギルドまであんのか」

「うん、そうでもしなきゃ帝国が牛耳る魔導器を個人で入手するなんて無理だよ」

「古代文明の遺産、魔導器は、有用性と共に危険性を持つため、帝国が使用を管理している、です。
魔導器があれば危険な魔術を、誰でも使えるようになりますから無理もないことだと思います」

「やりすぎて独占になってるけどな」

「そ、それは……」


まあこの世界じゃ貴重で有用なアイテムなので、反乱分子の武器にも資金策にもなり得る。
貴族では金はたんまりあるから照明やキッチンなどに幅広く魔導器を使用している。

しかし下町には基本貧しいため噴水のもの以外は見当たらない。
一般街にも街灯になど僅かしか使用していないのだ、維持費も考えると仕方ないことだろう。
比較的手に入りやすいダングレストの方が、生活水準は平均的に上だろう。


「で、実際のとこどうなの?なんで持ってんの?」

「俺、昔騎士団にいたから、やめた餞別にもらったの。
ラピードのは、前のご主人様の形見だ」

「餞別って、それ盗品なんじゃ……」


カロルが半目でユーリを見るが本人は素知らぬ顔。
ユーリとラピードの魔導器を見る。
確かその形は……、思わず口を開きかけたが、その時の現場に今の自分の姿は居合わせてすらなかったことを思い出しすぐさま口を閉じた。
早々にボロを出すものではない。


「エステルは?」

「エステルは貴族のお嬢様なんだから魔導器くらい持ってるって」

「エステルはやっぱり貴族なんだ。ユーリと違って、エステルには品があるもんね。
ユキセのは?」

『私は……昔、ギルドの人に貰ったの。自分はもう要らないからって』

「ギルドの?なんで?」

『……んーその人、あまり素顔を晒すこともないし色々と謎の人だったからねぇ。
良い魔導器を新調したからかポイッて渡されたわけ』

「へぇ〜……確かにダングレストなら魔導器の流通は多いけど、その人ギルドの人?」

『ギルドだったと思うけど騎士団とも聞いたな、色んな関わりがあったらしいよ。
それに色んなところをぶらりと旅してたからか……だいぶ昔のことだしね。
ま、勿体ないし。仕事上よく帝都から出るからその時にありがたく使わせて貰ってるよ』

「へぇー……じゃあ結界の外にいたなら戦えるんじゃないの?」

『それがこのまっくろすけに危ないから戦うなって言われたもんでさぁ。
ま、おかげでこうやって魔物の素材拾ったりも出来るから良いけど』

「普段こんなところ通らねえだろ。俺たちがいるから任しとけ」

『何かあれば言ってよー回復道具だけはたんまりあるんだから』

「それにしても騎士団からギルドか……」

『まぁ驚くよね』


滅多に聞かない話だよねぇと我ながらボヤく。
ユーリが感心するかのように頷いてカロルも変わった経歴に目を丸くしていた。

当時はそれでも生きてかなきゃならなかったし、何より心細かったからなぁ。

人魔戦争直後、魔物の統率や同胞の説得にデュークもエルシフルも大変そうだった。
いつまで頼る訳にもいかなかったから足取りは自然とダングレストに向かっていた。

あの頃は本当に……。
そういえばハリーたち、元気かなぁ。
ドンは絶対元気だろう、見た目も中身も凄いじい様だから。
楽しかったがその分苦い思いもあったので一概に良い思い出ばかりとは言い難いのだけれど……。


「あ、ニアの実見つけた!」


カロルが拾った木の実は、ユーリに食べさせられたあの苦い苦い実のことだった。
……うげ。思い出すあの味あの臭い。
思わず渋い顔をした。


『まさかこれがニアの実だったとは……』

「え、食べたの?これ凄い苦いよ?」

『主犯はあのまっくろすけだよ……』

「ん?ああ、間接キ『はいコブラツイストー』
いででで!ちょっタンマ!ロープロープ!」

「……なにやってんの?」


口止めついでにあの時の仕返しをたっぷりと返して屍になったユーリを放置したまま、エッグベアの住処について聞く。
ユーリの体力ゲージが赤になってようが慈悲はない。それに被害者は私だけではないのである。
エステルだけが苦笑の表情をしていた。


『エッグベアってどこにいるの?』

「森のなかを歩いて探すんです?」


エッグベアがどこにいるかも分からずに森のなかを彷徨ってもこちらの体力と気力が削られるだけだ。
まだ旅慣れしてないエステルもいるためそれは勘弁してあげたい。
(すでに削られてる奴がいる?気のせいである)

その時に襲われたらパーティも全滅しかけるだろう。
ライフボトルの数も限りはある。

そしてヒーラーが一人しかいないのでもし戦闘不能になった場合、普通のゲームなら詰んだ状態だ。
しかもやり直しの効かない人生ゲーム、デッドオアライブのなかでリスクヘッジという危険回避は考えておきたいところだ。

まぁ、いざとなれば魔術体内のマナが切れるまでバンバンぶっ放して強制的に事を解決させる気まんまんだが。
ニアの実が転がっていたのを無事見つけることができた。


「ニアの実ひとつ頂戴。エッグベアを誘い出すのに使うから。
エッグベアは、かなり変わった嗅覚の持ち主なんだ」


エッグベアの知らない生態にへぇ、と思いながらユーリからニアの実を受け取ったカロルを見守る。
地面に置いた実をどうするのかと見てると、カロルがニアの実にマッチの火を付けた。

途端、小さな破裂音と齧ったときよりも鼻がもげるような強烈な悪臭が放たれた。
……強烈な悪臭が放たれた(大事なことなので二回言った)


『うげぇーーッ!?』

「クーン……ッ!!」


鼻が良い一人と一匹は物凄い速さでカロルから離れた。
普通の嗅覚の持ち主であろう二人も思わずカロルから離れた。

しかし当の本人はキョトンとした表情である。踏んだ本人はこの臭さに影響がない仕様なのか?
それとも鼻詰まってるの?花粉症?


「くさっ!!お前、くさっ!」

「ちょ、ボクが臭いみたいに!ユキセとラピードまで!」


カロルから漂うあの酷い臭いで涙目になる。加熱するとこんな臭いを発するなんて思いもしなかった。

齧ったあの実はあそこまで臭くなかった。
臭い臭いアンド臭いでしかない、倒れそうである。
いやいっそ倒れて気絶した方が精神衛生のために良いかもしれない……。

カロルが近づくと皆も一歩下がる、更に近づけばその分皆も下がった。


「先に言っておいてください……」

「だからこれはボクが臭いんじゃなくて……!」


臭いの発生源についてなにやら言い合いをしてる。
耐えられなくなったラピードは気絶して倒れてしまった。
おお、なんということだ。


『戦友が一人逝ってしまった……!』

「いや、死んでねーから」

「あ、ラピードしっかりして!」


臭いにダウンしただけのようだ。
……自分も気絶したい。鼻をつまんで出来るだけあの臭いを感じないように口呼吸することにした。
それでも大して変わってないのが最悪だ。


「ユキセ、顔色が悪いです」

『だ、大丈夫……だいじょぶったらだいじょぶ』

「いや、そこは無理すんなよ……」

「みんな警戒してね!いつ飛び出してきてもいいように。それにエッグベアは凶暴なことでも有名だから」

「その凶暴な魔物の相手はカロル先生がやってくれるわけ?」

「やだな、当然でしょ。でもユーリも手伝ってよね」


当然と言いつつもユーリにも戦えと促すカロル。
心なしか、いや明らかに脚が震えていた。
また番いで来ないことを祈りながら臭いを紛らわすために布はないかとサイドバッグを漁った。
いっそのことグミの素を鼻に詰めればどうにかなるだろうか……呼吸できなくなるけど。



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