武村×和田+和田家


本人たちに知られずにあの日静かに私は秘密を共有した。
しかしその秘密を本人たちにいつ明かすか。それが私の目下の悩みである。

その日私は学校で特別課外補習があったため夏休み中にもかかわらず朝から登校していた。本来ならば午後にも補習があったのだが、担当の先生が熱を出してしまったためになくなってしまった。なので友達と昼食だけをとり帰宅となった訳だ。
「ただいまー」
私は軽く声をだしつつ玄関に身を滑り込ませた。
しかし、返事が返ってこない静かな家に首をかしげる。
今日は土曜日。おばあちゃんは出かけると言っていたけど、叔父さんは今日一日家に居る予定のはずだった。
まあとりあえず靴を脱ごうと視線を下げると見慣れた、けれども我が家のものではない靴が一足。
(そういえば今日武村さん来るっていってたっけ。)
きれいに並ぶ叔父さんの靴と武村さんの靴。いつも二人で話す時は二階の叔父さんの部屋へ籠っているので今日もいつも通り部屋に上がっているのだろうと一人納得する。居間ならまだしも流石に二階までは大きな声を出さない限り私の声は届きはしない。

「おかえりアリス」
靴箱の上に現れた猫に目をやる。
「ただいま。叔父さん達は上?」
「そうだよ。」
「そう。」
じゃあ声をかけに行った方がいいかしら、と階段に足をかけたところで声がかかった。

「邪魔をしてはいけないよアリス。」

振り向くといつも通りのにんまり顔。
「何か大事な話でもしているの?」
「ジュウヨウな話ではないね。」
「ならいいんじゃないの?」
「ヨクナイんだよ、アリス。」
重要ではないけれどよくない?
「んー…よくわからないけど、とりあえず邪魔になりそうなら声をかけずに引き返せばいいのね?」
「……そうだね。」
いつになく歯切れの悪い回答に首をかしげつつ私は階段にかけた足を前へ進めた。
叔父さんの部屋の前について少し中を窺うように耳をすました私に届いたのはぶっきらぼうな叔父さんの声だった。
それに続いて楽しそうな、可笑しそうな武村さんの声が耳に届く。
(何の話をしているのかしら?)
少なくとも声はかけずに引き返すべき空気であることはわかったが、立ち去ろうという気持ちよりも何を話をしているのかへの興味が勝る。
(……ちょっとだけ、ならいいよね。)
少しの間だけ盗み聞きをしようと私はひたりと扉に張り付いた。
「……から、それはないです。」
「そうなの?」
「そうじゃなかったらこんなことされないしさせないに決まってんだろ。」
「君は優しいからなあ……。」
「……あんたさあ…。」
「ん?」
「何自分ばっかりで相手は全然そうじゃないとか思えんの。あんた今まで俺と何してきたか考えろよ。
もっと好かれることに自信持った方がいいですよ。」
「自信ねえ……もてるわけないでしょ。」
「じゃあ確認すればいいじゃないですか。」
「確認していいんだ?」
「お好きにどうぞ。」
「じゃあそうさせてもらうよ。」
「……亜莉子が帰ってきたら終了ですから。」
「終われたらね。」
中から布がすれる音が聞こえた。
隙間からかすかに漏れる光に誘われるように私は顔を近づける。
目に飛び込んできたのはゆるやかに絡む二組の手足。そのまま互いの背中に回された腕。
重力のまま静かに横たわる二人。

私は出来るだけ音をたてないようにその場から離れた。
自分の部屋に戻り早鐘を打つ心臓を手で押さえる。
頭にこびり付いたさっきの光景。
(きす、してた)
見て居たこちらが思わず赤面するような、そんな柔らかな手つきでお互いの頭を引き寄せあう二人。
口調も表情もそんな雰囲気にはそぐわない、なのに空気は相手への触れかたは恋人のそれだった。
「邪魔、ってそういうことかあ……。」
こびり付いて消えない光景を咀嚼する。
(なんて、甘くて苦い光景だろう)
ただただ静かに私はそれを飲み干した。
嫌悪感もなくそれはすとんと私の胸へと落ちる。
(大好きな二人が幸せならそれでいいか。)
「チェシャ猫、これは私との秘密ね」
いつか私が秘密の共有者であると明かすまでは本人たちと一緒に本人たちに知られないまま秘密を守り続けよう。
「皆、しあわせになれるのが一番だもの。」
さあ、どのタイミングで帰宅を知らせようか、なんてことを考えながら私は熱くなった頬を手で扇いだ。


そんな出来事から早三年と数ヵ月。
気付けば大学3年生になってから半年以上が過ぎてしまっていた。これだけ経っても二人は何も言ってこない。
二人の様子を窺う限りでは関係は続いているのに間違いはない。ただ、叔父さんの態度を見る限りおばあちゃんにも言ってないのだろう。現状何もかわりないのだ、関係も環境も。
「ねえチェシャ猫?」
「なんだいアリス。」
「そろそろ二人に秘密なの疲れてきちゃったんだけど、どうしたらいいと思う?」
「ヒミツ?」
「叔父さんと武村さんが恋人だっていうの知ってることよ。私あれから八回も二人がいちゃいちゃしてるの目撃しちゃってるの。
三回目の時にね、あと五回見たら本人に言おうって決めたんだけどなかなか難しくて……。」
そうなのだ。実はあれから八回も二人が寄り添っていたり、キスしていたり、手を握っているところを目撃してしまっている。
二人が迂闊だというわけではない。私が気になって二人でいるところをこっそり覗いてしまうのが原因なのだ。
きっと何も知らない私なら目撃することはなかっただろう。
「きっとバレてるだなんて思ってもないんだろうなあ……。
ああ、もう!どうしよう!」

「どうしたの?」

後ろから突然聞こえた声に飛び上がりそうになる。
「お、おばあちゃん……。」
予想外の人物の登場に、先程の呟きが聞かれていたらどうしようと汗が吹き出す。そういえばおばあちゃんが家にいたのをすっかり忘れていた。
「ヒミツの話だよ。」
「ちょっ、チェシャ猫!」
「あらあら、それは私には話せない話なのかしら?」
猫くんもいけずねえ、とおばあちゃんは私の横に座った。
(……猫、くん?)
アリスがヒミツって言ったんだよと、のほほんと会話を続ける二人を思わず見つめる。
「おばあちゃん!なんでチェシャ猫を、えっ?!」
「あら、この家の家主はおばあちゃんよ?家のこと知らないわけないじゃない。
猫くんには一人の時によく話し相手をしてもらってるの。」
「オバアチャンはいつもカツオ節をくれるんだよ、アリス。」
相手してくれて助かるわー、とチェシャ猫に笑いかけるおばあちゃんに思わず脱力する。
(叔父さんの謎の順応力はおばあちゃん譲りだったのね……。)
頭が堅そうに見えて存外に早くチェシャ猫に慣れた叔父さんを思い出しながら私はおばあちゃんを見つめた。
チェシャ猫のことも気付いているならもしかしておばあちゃんも二人の関係に気づいているのでは、なんて。もやもやするくらいならいっそのこと聞いてしまえばいいと短絡的に考え私は口を開いた。
「おばあちゃん、あの、」
やっぱり言っていいのかな、なんて声をかけてから躊躇する。
「なあに?」
「あの、その、叔父さんと武村さんのことなんだけど……。」
ここで食いつかなかったら別の話で流そう!と思いながら話をすすめる。
「あの二人、ね。……亜莉子ちゃんももしかして、気付いた?」
「あの、もしかしておばあちゃんも……?」
思わず私もおばあちゃんも小声になりお互いに顔を寄せる。
「直接そういうの見たことはないんだけど、あの二人できてるわよね?」
やっぱり気づいていた!少しだけほっとしながら私も話をすすめる。
「実はね、私……」
私はこれまで見たことを洗いざらい話した。
「――……二人共、幸せそうだったから私は応援したいんだけど、その、おばあちゃんはどう思う?」
もしおばあちゃんが反対するなら私ができるだけ説得しよう、なんて勝手なことを考えながらおばあちゃんの返事を待つ。
「……んー…そうねえ……。おばあちゃんは賛成とか反対よりもあの子が人を好きになれる子だったことにほっとしてるわね。」
由里がいなくなってから他人との関わりに逃げ腰みたいだったからねえ、とおばあちゃんは目を細めた。
「そりゃ女の人相手の方が正直よかったって気持ちもあるにはあるのだけど、別に男の人だから駄目なんて言ってあの子の気持ちを否定したくないのよ。
だってあの子の母親だもの。あの子が幸せならそれ以上のことはないわ。
……母親は最後まで子供の味方で在るべきよね。」
それにしてもあの二人なかなかボロを出さないわねえ、なんて呆れ顔のおばあちゃんに思わず笑みが溢れる。
「あんなに気にしなくてもいいと思わない?
だからいつ言おうかなってさっきチェシャ猫に相談してたの。」
「そうなのね。ならもうこの家のみんな知ってるんだし帰ってきたらすぐに言っちゃいましょうか!」
姪っ子にこんな心配かけた罰よ、と悪戯っ子のような笑みを浮かべるおばあちゃんにそれがいいわと私も笑う。そこにちょうどただいまと叔父さんの声が響いた。足音が居間に近付く。
「ん?二人してそんな縮こまって座ってどうしたんだ?」
「おかえりなさい。ちょうどいい時に帰ってきたわね。噂をすればなんとやらって本当ねー。」
「噂?」
なんの話だと疑問符を浮かべる叔父さんにおばあちゃんは躊躇なく爆弾を落とす。
「あんたと武村さんの話よ。
私達なんか気にしてこそこそしないでうちの中でくらい好き同士なら胸張りなさいよってね。」
「え?俺とたけむ、ら……っはァ?!」
「気づいてないとでも思ってたの?
何年間あんたの母親してると思ってるの!」
どさり、絶句し片手の荷物を落としておばあちゃんを凝視する叔父さんに私がとどめをさしにいく。
「私8回も二人のラブシーン目撃してるのよ!もう隠す意味なんてないんだから!」
ついにもう片方の手に残っていた荷物も床に落とし呆然とする叔父さんに悪戯成功と言わんばかりに私とおばあちゃんは顔を見合わせ笑った。
「みんな幸せになれるのが一番でしょ?」
問いかけに答えることもできず顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせる叔父さんはとてもかわいらしく見えた。


-END-















あとがき(手動販売機)

ううう、毎年こんな素敵な武和を戴いてもいいのだろうか?!
鹿波さんから8周年のお祝いにと、こんなにも素敵な物語をいただきました〜!

歪アリ本編が終わって、みんなそれぞれ過去を背負いながらも、こうやって平穏な日常を過ごしてるって本当にいいですよね……!
叔父さんにとっては平穏?ではないかもしれませんけれども。いや、亜莉子ちゃんにも刺激的か。いやでも、ドタバタだけど、亜莉子ちゃんの台詞どおり、みんな幸せじゃないですか!

私はどちらかというと、鹿波さんの作品にはCOOLな印象を抱いておりまして、なんといっても攻め村さんが格好よく、シリアス描写がグッとくるのですが、それを越えた先にあるハッピーエンドがまた幸せいっぱいで、一体鹿波さんの戦闘力もとい表現力は何十万なんだと思っている次第です。
今回の平和な空気本当堪らん……そしてキスシーン超えろいと思いますう……。

ちなみに私、おばあちゃんのキャラがめっちゃ好みです。
亜莉子ちゃんも叔父さんも、チェシャ猫のことバレないように気を遣ってたのに、おばあちゃんあっさり自分で発見してしかも交流してた、っていう強さしなやかさホントすき。
書き切れないくらい言いたいことは沢山あるのですが、そういったものひっくるめて他の方にも読んでほしい!と、今年も我儘言って掲載許可をいただいたのでした。

お祝いメッセージのみならず、素敵な武和、そして和田家をありがとうございました〜!



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