■西の魔女と白雪姫

「その坊やは、何故に売れないんだい。」
此処は、とある国の東に位置する、特定の人間のみ出入り出来る闇市場。
違法な魔法具や薬草が飛び交い、人が売られ買われる。

そんな場所に、老人が居ることに商人は不思議に思った。腰は老蟹(ラオシェ)のように折れ曲がり、衣服から僅かに見える皮膚は皺だらけで指は枝のように細く、声が嗄れている。相当年齢を重ねているようだ。しかし、此処は闇市場。どんな客が来ても可笑しくないのだ、と若い商人は思い直し、老人の問いに愛想良く答える。

「はい、この坊主はちいと買うには凡庸なんですよ」

老人が指した小さな子供は、売り物にしては高値の付けられる物ではなかった。齢は五つ程だが、特に力が在るわけでもなく魔法が操れるわけでもなく特に此れと言って特徴のない商品だった。

あるとすれば、この真っ赤に熟れた赤い唇。
特に紅を挿している訳でも無いのに真っ赤に染まった赤は、色素の薄い身体との対比もあってやけに印象的だった。
しかし、此の儘いけば廃棄処分になるだろう。少しもったいない気もするが此れも仕方の無い事だ。

「凡庸…?お前の目にはそう見えるのかい?」
老人にそう言われてしまえば、なんだか自分に見る目が無いと言われている気がして少し気分が悪くなり、少し意地悪いことを言ってやる。

「この市場でよく売れるものはご存知で?」
「お前はわかるのかい?」

質問を質問で返され、此の老人はわからないから答えなかったのだ、と商人は判断した。

「ご老人、貴方はわからんのかもしれませんがね、ここで売れるのは珍しい魔法具と働くことができる力や魔法が扱える人間くらいでさぁ。…あとは、下か廃棄処分よ」

下とは、風俗のような場所だ。風俗と言っても、賃金はでない上に食事も大変粗末。衛生面も非常に悪く大半が病気で死んでいく。精液まみれの死体が転がり、其処には蛆虫が湧いている。

馬鹿にしたような返答も気にもせず、老人は続ける。
「…幾らだい」
「ご老人、貴方は大変酔狂なようだ。…良いでしょう。此れで売りましょうか。」

商人は一般人にはとても払えない程の金額を老人に提示して見せる。

此れで老人は諦めて帰るかと、思ったが老人は懐から古い巾着を商人に手渡した。

中身を見ると、何と金貨壱拾枚。
商人が、この老人から更に搾り取ってやろうと口を開いた瞬間、
「うわあああ!!なんだ…!?!?!?」

闇市場に突然強い風が吹き荒れ、店も商品も人も全てが舞い、飛んでいく。
「魔女だ!!…西の魔女が出たぞ!」

その叫び声に、商人は先程まで老人が居た場所を何とか見遣ると、其処には老人は居なかった。

居たのは…、赤い唇の商品を抱えた見目麗しい青年、唯一人。
渦巻く風の中心で青年は、色素の薄い唇を薄く引き伸ばすように微笑んだ。

「態々東まで足を運んだ甲斐があったね、こんな大切な宝が何も知らない商人に処分されるところだった。」

そう言って、青年は身を翻すと辺りの森へと消えていった。

いつの間にか止んでいた風に、皆一様に呆然としていた。
商人は先程まで手にしていた金貨を見遣るとその金貨は灰と化し、宙へと舞って行った。

***

昔昔、或る西の端に、其れは其れは恐ろしい魔女が居ました。
其の魔女は、自分の宝物を奪う物に容赦無く、とても冷徹な魔女でした。

その魔女を見た者は、不思議な事に誰もいないのです。
其れは誠か、否か。


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