■18歳
「先生、おれ、卒業したよ」
「そうですね、おめでとうございます。」
左胸に造花の花をつけ、右手には卒業証書を手にした生徒。
生物準備室は、日当たりが悪くこの晴れやかでめでたい日には似つかわしくない。
本当はもっと言ってあげたい言葉があるのに、色んな思いがせめぎ合って、口からでた言葉は随分と素っ気ない言葉だった。
私は彼よりオトナなんだから、しっかりしなくてはならない。そう思うのに、私は自分の思いを隠すことだけでもう限界だ。
それなのに、
「先生は、嬉しくないの?」
私に期待させるようなことを言って…
嬉しいよ、嬉しいに決まっているじゃないか。
こんな晴れの日に、クラスメイトと騒いだりせずに、大切なご両親と親子水入らずの時間を過ごさずに、私の下に来てくれたんだから。
卒業証書を受け取った、その足で、私の下に飛んできてくれたんだから。
私が意を決して、顔を上げると、彼が思ったより近くにいてびっくりした。
思わず、私が身を引くと彼はまるで「逃がさない」とでも言うように、私の身体を閉じ込めた。
「…は、なしてください。」
「先生、ずるいよ」
そのとても傷ついたような声に胸が引き裂かれるような痛む。
「…そうです、大人はずるいんです。」
「約束は?…約束、したよね?」
あぁ、したよ。あの日この教室で、「待ってる」と。
そんな約束なんて生易しいモンじゃないかった。あれは、呪いだ。一生、解けない強固な呪い。神様にだって解けやしない。
「でも、君は私を追い越していく。」
私の心から落ちたそれは、隙間の無い二人の間へと落ちていく。
その一言を皮切りに、脆い私の心は、欠けていた場所からぽろぽろと更に落ちていく。
「私は、わたしは、この学校に残るのに、君はいなくなって、」
「大人になって」
「素敵な人と出会って」
「結婚をして」
「子供ができて」
ああ、だめだ。もう形を成してくれない。
「私が居ない世界で、幸せになるんだろう」
そうだよ、これは呪いだ。決して二人にかかったのではなく、私だけにかかった呪い。
だって、彼にとって、この生物準備室は通過点の一つ。
そうでしょう?
「先生?」
「先生は欲張りだなあ」
そうやって、また君は。
「確かに先生と二人じゃ、子供はできないけど。」
「先生がいないと、幸せになれないや」
壊れた私の破片を丁寧に拾い集めてくれるんだね。
「俺も、幸也がいないと、だめだ。」
ようやく素直になった俺に、幸也は心底嬉しそうに笑うと「じゃあ、おそろいだね」なんて言って、抱きしめてくれる。
あぁ、なんて幸せなんだろう。
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