「一体どういうつもりだ」
人払いが済んだ生徒会室。今この空間は閉鎖され、俺達の話を聞く者は誰ひとりとしていない。
隠しきれていないというのに、にんまりと笑った口元を片手で隠す仕草はコイツの癖なのかもしれない、と相手の開いているのか開いていないのかわからない目を見つめる。
普段のなるべく柔らかくした口調をやめ、凄んでみせる。それでも動揺もせず、ニコニコと笑い続けるコイツの心臓はもしかしたら毛が生えているのかもしれない。
「どういうつもり…とは一体なんのことやろうなあ」
肩を竦めてとぼけてみせるこの男に殺意が湧いた。
「おぉ怖い怖い…そないに怒らんでもええやないか」
「……約束と違うでしょう」

喉から捻りだすように出た一言の情けなさに、自分は無力なのだという自覚が加速する。この目の前の男が、どれだけ策士で狡猾なのか理解していなかった。いや、理解”しきれなかった”という方がしっくりくる。
この男の、目的のためならなんでもする、という姿勢をあなどっていた。

「約束…?それは、今回のこの写真を引き換えに我々新聞部を生徒会副会長の手中に収める、ということですか?」
目元に深い影が差し、先ほどから浮かべている笑みとはまた別の、冷ややかな笑みが向けられる。
「…あの写真を加工し、シキ君にまで被害を増やすなんて許可していません」
「おや、随分あの平凡を気にかけているようですねぇ、なにかあるんですか?」

身を乗り出して聞くこの男は、やはり情報に関しては些細なことまで知りたい性なのか、それとも俺の弱みを握りたいだけなのか。

「…彼は、俺のパートナーだからね」
「それは、実戦授業でのという意味です?それとも、恋人、という意味で?」

無粋な質問に黙秘で答える。

「貴方んとこの隊長さんやて、大変な思いをしているというのに白状やなあ」

どの口がそれを言う。今回の件は、お前がほとんど引き起こしているというのに。台風の目はお前だ、ハス。

「…お前に答える義理はない」

外でなにか物音がしたが、気のせいだろうか。二人で部屋の外へと集中が注ぐ。
ハスが先に動きだし、廊下へと出た。

「あ」
「なんだ?」

ハスの手に握られたものは、くしゃくしゃになった写真。それは、俺とシキ君がキスしているーーと見せかけた、俺と親衛隊の隊長ノアがキスをしている写真を加工したものだった。

「隊長さんやな」
「は?」
「せやから、今ここにいはったんはアンタんとことの隊長さんやて。この写真を持ってるのは、あの人しかおれへんわ」

…クソ、こいつふざけるなよ

「お前、一体なにが目的だ?生徒会の弱点を握ることか?それとも、親衛隊をけしかけて学園内乱を起こすつもりか?」
思い切り睨みつけてやれば、またしても大げさに肩を竦める動作を見せた。
「そんなつもりありません。俺の目的は、そないなおっきいことじゃありませんよ。…それでも、これは大きな一歩になる。まあそれはあんたには関係ないけどな」

そう言って、口角を上げる目の前の男が悪魔に見えた。
ついさっきまで、俺達の話を聞いていた彼はどう思っただろう。それだけが気になった。

「まあ、安心してくださいな」
「…」

こんなにも引っ掻きまわしておいて、なにが安心しろだ。

「これ以上ぼくは手を出しません」
「信用なりませんね」

こいつの言葉は一切信じてはならないのだ、ということが今回の教訓ではないか。そもそも、最初から気付いていれば、と悔やまれる。

「あの平凡に”お願い”されたのでね、こちらも約束は守りませんと」
「…」

こいつとの約束は、悪魔との契約と寸分変わらないのだと、俺は悟った。




どんなに精神をやられても、崖っぷちな状況だったとしても日常というのは容赦なくいつも通りに進んでいく。
心ここにあらずといった状態で授業を受け、休み時間も友人の話はまったく聞けずかなり酷かった。その状態で迎えた放課後。やはり、親衛隊の仕事というのは待ってくれない。

自分が助かり、大切な友人が被害を被る。
その事実ばかりに殺されそうだった。あの時、即座に否定できなかった自分も許せない。
結局、俺は保身に走ったのだ。

友人よりも、自分を守った。

どんなに言い繕っても、その事実は変わらない。

珍しく今日中に上げなければならない書類を仕上げる。その宛先は『生徒会』だった。
普段は昼休みに提出する書類だが、致し方ない。別に提出期限を破っているわけないのだ。そう思って、重い足取りで生徒会室に向かう。

そして、生徒会室の目の前でノックをしようとした瞬間、ふたつの話し声。

新聞部のハスと、我が親衛対象である副会長だった。

どうやら今回の騒ぎは、忌まわしき副会長と新聞部で企てられたものらしい。クソ、お前らのせいでシキが大変なことになっているのに。そう思うと、怒りが湧いて今この場で突入し、二人に右ストレートを決めてやりたくなった。

落ち着け、と自分に言い聞かせさらに耳を澄ませる。今後の重要な話をしているのかもしれないのだ。コイツらの動向には細心の注意を払わなければならない。

『おや、随分あの平凡を気にかけているようですねぇ、なにかあるんですか?』

シキのことか。彼を平凡と呼ぶなんてあいつの価値をわかっていないかわいそうなやつらだ。確かに、この男が何故あそこまでシキに執着するのか気になるところだ。

『…彼は、俺のパートナーだからね』
随分と含みのある言い方だ。
『それは、実戦授業でのという意味です?それとも、恋人、という意味で?』
副会長の答えはない。答える気がない、ということだろうか。そもそも、シキは承諾していないのだから後者の場合だったとしても、片思い、ということだろうが。

『貴方んとこの隊長さんやて、大変な思いをしているというのに白状やなあ』

突然、自分の話題になり身体に力が入る。
この問いに副会長がどう答えるのか気になって仕方が無かった。

胸が鳴る、扉の向こうにまでこの心臓の音が鳴ってしまうのではないかと、胸を抑える。それでも、推され場抑える程耳に届く音が大きくなっていく。

「…なんだこれ、」

やめてくれ、聞きたくない。自分の中でずっとくすぶっていた何かが爆発してしまいそうだ。

『…お前に答える義理はない』

その時にはもうすでに走り出していた。制服のポケットから自分がそこにいたという証拠を残してしまったということにも気付かずに。



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